「平和」とは何かを考えている。テレビのある解説委員は、集団的自衛権の賛成、反対ともに、「平和を目的」としているところに難しさがあると。毎日新聞「みんなの広場」で、21歳の大学生は、集団的自衛権の問題は、平和へのアプローチの違いにあり、軍事によるのか、よらないのかを焦点にした。軍事による平和はないと結論している。全く同感である。また、同新聞(8月22日)で、今西淳子氏の「平和国家の歩み・ 誇り」に、が掲載され、その文を読み、共感できるので、一部を引用する。「“歴史認識”を巡る議論では、
①白黒をつけずに複雑な状況をそのまま受け止め、譲りあえるところを粘り強く探す
②一人の人間として相手の立場でも考え、複眼的に物事をとらえる
③急がなくてもよいが問題を避けない
の三つのポイントが重要だ。戦後、日本が政治や外交、市民活動を通じ、長い時間をかけ築きあげてきたことを継承し、さらに強調することが、現在の中韓の硬直状況を打開するのに効果的だと思う。」と今西氏は言っている。示唆に富む発言と思う。
現在の、日韓及び日中の関係は、戦後最悪の状況にある。国交のある国の首脳会談が開けないのは、異常としか言いようがない。歴史認識、従軍慰安婦、領土・領海問題等である。また互いに軍事力の脅威を抱く状況にある。今回の閣議決定・集団的自衛権の行使容認に対して、反対との反応にも表れている。不信と憎悪からは何も解決しない。相互不信がある限り、平和は築けない。「平和を求める心」を持つのは人間である。「人間の心」を軸に回転させなければ、平和は訪れない。外交努力を粘り強く、民間の文化的・教育的な「人間の交流」を期待する。そこに平和への道があると信じる。「平和」は、軍事力のバランスではない、人間の心の中にある。