モロッコ最大の観光都市マラケシュに出張と聞いて、まさかと思った。

たったの1時間の仕事のために、本当に出張費が出るものなのか?

 

しかし、出張費はしっかりと出た。

しかも、前日の午前11時に到着して、その日はまるまる自由時間と来たもんだ。

ラッキーとは、こういうことを言うのだろう。

 

秋深まるパリを出発してから約3時間後に到着したマラケシュは、日差しがまぶしく、気温も30度近い。

ダウンコートを脱いでも、木綿のブラウスに汗が滲むのを感じる。

 

空港からマイクロバスに乗り込んでゆるゆると走ること20分、ホテルに到着した。

ビジネスホテルというより、これはどう見てもリゾートホテル。

プールが3つもあり、庭のそこかしこにバナナの木がそよ風に大きな緑の葉っぱを揺らしている。

 

チェックイン後、さっそく同僚の中国人のリンさんと韓国人のコウさんと街に繰り出した。

目指すは、メディナ(旧市街地)。

徒歩で30分程かかると聞いて、3人で軽いノリで歩き出したのだが、途中で道が塞がっていたり、地元のおじ様たちに道を聞いても説明が複雑で分かったような分からないようなだったりで、結局流れのタクシーをつかまえて、ようやくメディナの入り口付近にあるジャマ・エル・フナ広場にたどりついた。

 

北アフリカ特有の強い日差しが燦々と降り注ぐ広場は、サッカー場が丸ごと入るのではないかと思うほど広く、屋台が並んでいるので雑多な感じはするものの、意外と観光客は少なく、どことなく寂しげである。

広場を一周すれば、これと言って他にすることはない。

 

でも、広場の後ろに広がっているのは、世界最大級と言われるスーク(市場)。

その網の目のように張り巡らされている細い路地は、迷路のように入り組んでいて、GPSなしでは迷子になってしまうとホテルのコンシエルジュに忠告されたほどだ。

 

スークに一歩足を踏み入れると、大小様々な雑貨、色鮮やかな絨毯やスパイスが目に飛び込んでくる。同時に、私たちをアジアから来た金持ちの観光客と見て、客引きの声がシャワーのようにかかってくる。「安いよ、安いよ」「買わなくてもいいから、どうぞ見ていって」。

 

もともと買い物目当てで来た訳ではなかったけれど、10年以上も前に日本で買ったバブーシュ(モロッコの革製のスリッパ)の寿命が尽きて、ちょうど買い換えたかったことを思い出した。スークに靴屋はそれこそ数え切れないほどあるから、買わない手はない。

 

一目見て気に入った。深い紺色に染められた羊の革に、色とりどりの小さな飾りが縦に6つ縫い付けてあるバブーシュ。もともと一足10ユーロくらいだったのが、リンさんが「いいわよ。私も記念にお揃いを買うから、安くしてもらいましょう」と言ってくれたので、8ユーロくらいまでに下げてもらった。

 

もっと時間をかけて粘れば、さらに安くしてもらうことも可能だったに違いない。現地の買い物客は、値段交渉に30分くらいは平気でかけると聞く。そう言えば、値段交渉は社会交流であり、ゲームであり、値段交渉をしないのはマナー違反ですらあると出発前に夫に言われた。もっとも、夫はモロッコ人ではないので、彼の説明を鵜呑みにしていいのか、少々疑問は残るが。

 

たった24時間の滞在で手に入れたバブーシュ。私はあまり物は買わない派だが、形のある思い出というのは、やはり嬉しい。我が家でも、紺色のバブーシュを履くたびに、スークの喧騒や鼻にツンとくるようなスパイスの匂い、そしてマラケシュの抜けるような青空を思い出すに違いない。