先日私は何故泣いたのかというと、こんな話を思い出したんです。
『 I doubt if there is anything in my life that I regret more bitterly than I do my frequent failure as a boy to bring delight to my perents by showing them how I pleased I was.
Time after time, I realize now, I must have brought them bewilderment,dismay,and aching disappointment, by failing to respond adequately to some treat they planned for me. 』
(私は、子供の頃に自分がどんなに喜んでいるかを顔に表して、
両親を喜ばせることを怠ったことがしばしばあったのであるが、
これくらい残念に思うことが一生のうちにあるのかどうか疑う。
今になってわかるのであるが、親たちが私たちのために
計画してくれたなにか楽しみ事に、十分な反応を示さなかったために、いくたびも、当惑と驚きと大きな失望とを両親に与えたにちがいないと思われるのである。)
この文章を目にしたのは高3の受験期だったのですが、
思い当たる節があったので、思わず自習室で泣きました。笑
忘れもしません。中学生の時家族でお台場に行った時のことです。
今考えるとなぜだかわかりませんが、私はその日終始不機嫌でした。
仏頂面で、まるで早く帰りたいと言わんばかりの顔をしていたと思います。普段忙しい父がすべて計画してくれたのに。
帰り、電車の中でちらっと見えたんです。
父がカバンに入れようとした5.6枚のプリントアウトされた紙に
今日行ったお店が載ってて、赤線で細かく印がついていたんです。
それでもその日の私は、ふーん。て感じでした。
この英文を訳している最中、
5。6年前のこの日のことがフラッシュバックして
ようやくすべてが繋がって、急にすごく申し訳なくなったんです。
ここ行って、次にここ行って…と私が楽しめるように考えてくれていたのに楽しくなかったかな、つまんなかったのかなと思わせてしまった。
できるならあの時に戻って思い切り楽しんで
ありがとうと言いたかったです。
できないからこそ今は思い切り楽しんで言おうと思えるんですが。
その日いつもより疲れていて、不機嫌だったから、
忙しかったから、自分は好きなものじゃなかったから…
自分のために考えてくれた相手に
当惑と驚きと大きな失望を与えるのはとても残念です。
逆に、今少しだけ喜びを表すことでどれだけ相手は
あぁ喜んでくれた、良かったと思うでしょう。
喜ばない手はないですね♪