昔々、あるところに性空上人というお坊さんがいました。
ところで、その人は元々は左大臣であった藤原時平(昌泰の変で菅原道真を左遷したことで有名ですね。)の孫の時朝の従者であり、仲太の小三郎という名前でありました。
この「仲太の小三郎」という男が出家したのには、実は訳があったのです。
時朝の元には、実は昔から伝わる非常に貴重な素晴らしい硯がありまして、時朝は官職を頂いて出世するたびに、この硯を拝む習慣があったようです。
ある日、大納言に昇進した時も、例によって時朝はこの硯を拝んでいました。
時の従者であった小三郎は、これを見て、自分の目でもしっかり見たいと思い立ちます。
そこで、小三郎は、自分独断では到底拝み申し上げるなど恐れ多いことなので、
時朝の御子(10歳ぐらい)の機嫌をとって、硯を一緒に見ましょうと誘おうとしたのです。
その結果、二人でこっそり眺めに行くことにしたのです。
まじまじとその硯を眺めていると、
「トントントン・・・」
足音が聞こえてきました。誰かがこちらにやってくる。
小三郎と御子は焦りました。速く片付けないとバレてしまう。
しかし、焦ったのが最後、
「ガシャーン」
なんと、その硯を割ってしまいました。
あの時朝大臣が恐れ多く拝んでいた硯を、何と自分ごときが割ってしまった。
これは生きてこの世にはいれない。小三郎は震え上がりました。
すると、御子が言いました。
「あまり恐れることはない。私がやったと言おう。私は父上の子なのだから、もしかしたらお許しを頂けるかもしれない。」
小三郎「誠にかたじけない・・・。伏してお頼み申し上げます。」
小三郎も、我が子である御子様ならさすがに少し怒って終わりであろう、と考えました。
そうもしているうちに、足音はどこかへ去っていきました。
結局足音は時朝ではなくて、しかもこちらに向かっているわけではなかったので、その場では何とか難を逃れました。
その後、時朝が硯を置いてある部屋に入ると、当然、硯が割ってあることに気付きます。
昔から受け継いできた大切な硯が、何者かの手によって割られているのです。
怒り呆れて言葉も出ません。
そのしばらく後、
「誰がやった。やった者は出てこい。」
そういうと、涙ぐみながら御子が出てて、
「父上、私がやりました。どうかお許しを・・・」
時朝の怒りはまだ収まっていません。
この硯がどのぐらい大事かを、怒鳴りながら説明します。
まぁ父親なら大切にしているものを子に壊されたら、故意ではないとは言え怒ることもあるでしょう。
しかし、ここからが誤算でした。
10歳の我が子をも、許さなかったのです。
何と、時朝は御子の首を切り落としてしまった。
自分が見たいがために御子様をお誘いし、自分のために罪を被って、首をはねられてしまった。
なんということだと、小三郎は悲しく嘆きます。
そして、その罪を償うためか、その罪から逃れるためかは分かりませんが、この「小三郎」という男は、すぐに髪をそぎ落とし、出家して、「性空上人」になったとさ。
いや~恐ろしい話ですね・・・。
Z会の「読み解き古文単語」にあった話でした。