移動祝祭日番外編:赤間神宮 | Hack or Fuck ?

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8月11日の夕方に京都を発ったおれたちは何度かの休憩、仮眠を取りながら山陽自動車道を走り抜け、深夜にカミさんの実家に無事到着した。

息子は7月後半からすでに従兄弟と山口で過ごしていた。

これで家族4人が合流することができた。

翌日からは墓参り、親戚回りと盆休みの定番行事をこなした。

鍾乳洞探検や河川公園での水遊び、庭先でのBBQもやった。

そして帰省から5日目。退屈そうにケータイばかりいじっている娘に声をかけ下関の赤間神宮に行くことにした。今度は息子も一緒だ。カミさんは友人と再会するために同行しなかった。

赤間神宮
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山口から赤間神宮までは高速を使って1時間程度の距離にある。

下関は言わずと知れた平家が滅亡した壇ノ浦を擁する地である。

赤間神宮はその壇ノ浦を見護るように関門海峡に向かっている。

今年で3年連続ここを訪れている。もちろん「平清盛」にハマった娘のリクエストだ。
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▲本殿脇にある「耳なし芳一」を祀った芳一堂
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▲平家一門の墓

一通り観て回った後は、すぐ目の前にある関門海峡をしばし眺めて過ごした。

この関門海峡でおれたちが来る2,3日前に海底で見つかった機雷の爆破処理が行われた。今思えば観に行けばよかった。

続いて、赤間神宮からおれたちは長州藩が下関戦争で使用した大砲のレプリカがある「みもすそ川公園」に移動した。
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一応、単独でイギリス、フランス、オランダ、アメリカに無謀な戦いを挑んだ結果、痛い目を見た長州藩はそれまでの攘夷論から開国論並びに倒幕へと転じたのだということになっているようだが本当のところは分からない。

そんなみもすそ川公園の国道を挟んだ向かい側に関門海峡を歩いて渡ることのできる人道トンネルの入口がある。

遠い昔小学生の頃、社会見学で歩いたような気がするがよく覚えていないので、子供らと歩いてみることにした。

通行無料である。

エレベーターでトンネル入口まで降りると国道2号線の表示がある。全長780m。意外と短い。
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このトンネルをジョギングコースにしている人もいるようだ。

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▲海底の県境

歩くこと十数分で門司に到着する。エレベーターで陸上に上がる。さっきまでいた下関が対岸に見える。
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門司に来たからと言っても特に行く当てもない。しかも徒歩だ。とりあえずその辺をぶらついて戻ろうということにして歩き出すと、すぐ茶店の軒先で偶然、ドライブに来ていた伯母夫婦と出くわした。

何年ぶりだろう。しかも山口県ではなく門司で出会うとは驚きだ。

ただ、伯母は多少認知症の症状が出ているらしく反応はなんとも緩いものだった。何度も同じことを訊かれた。

息子を見て自分の孫にそっくりだと繰り返すのだが、その孫の名前を思い出せないようだった。

おそらく「まだら認知症」というやつではないかとおれは思っている。

まだら認知症は、脳血管性認知症の人に起こる症状らしい。アルツハイマー型認知症のように全体的に症状が進行していくのではなく、脳の部分によって症状にむらが出るのが脳血管性認知症の症状の特徴なのだという。

小さな脳梗塞が頻発することによって、脳の機能が失われ、まだら認知症を発症するというのがそのメカニズムらしい。

もちろん一般論としては深刻な話だが、そんな伯母の表情は以前のそれよりずっと柔和だった。

店の前にちょこんと座りかき氷を食べる伯母はまるで幼い女の子のようだった。

おれたちはかき氷をご馳走してもらい、しばらく色々な話をして、そして別れた。

和布刈神社
今日は泊まりだという伯母夫婦と別れたおれたち親子は茶店の近くにある和布刈神社に寄った。
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▲この神社は壇ノ浦の戦いの前夜には平家一門が酒宴を開いたと伝えられる。

この夏は何の因果か、娘を通して平家一門の史跡をいくつか訪ねる旅となった。

それがおれにとって何の意味があるのかは分からない。

ただ、最後に伯母と再会したことは何かの象徴のような気はする。

歴史とは何か。

記憶とは何か。 

私とは何か。

そんなおれの問いは関門海峡の目まぐるしい潮流にたちまち飲み込まれていった。

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