3月最終土曜日の昨夜は、
花冷えのなかで稽古を行いました。
ここ数日の寒さで、
みな、稽古に気持ちを向けることは
簡単ではなかったと思います。
よくぞ道場に来たものと
うれしく感じました。
かつて私も真冬の大雪の日に稽古に行き、
その日に集まった数人で円陣を組んで
稽古をしたことなど、
厳しかったことほどたくさん記憶に
残っているように思います。
稽古とは ―――
「古(いにしえ)を考える」という意味の、
中世から使われてきている言葉です。
長年、先人が修養してきたことを学び、
いまとこれからの自己の成長の糧としていく、
というような意味合いを含んでいる
言葉と言われます。
練習でも、訓練でも、
トレーニングでもよいのかもしれませんが、
愚直なまでの取り組みの連続には、
やはり、
稽古という言葉がぴたりとはまります。
それらが理にかなっている、
心身にとって体系立った合理的な取り組みの
連続であることを理解し、
体感できるまで継続をすることができたなら、
その世界は大きく広がっていくことでしょう。
稽古を続けていくことは、
年少者にとっては、
小さな自信を積み重ねていくということ、
年長者にとっては、
社会で生きていく軸や背骨ともいえるような、
そのような目に見えない“何か”を
形づくっていくことにもつながるものと
考えています。
軽々しくは表現できない、
その何を見つけ、
手応えとして得られていくのかは
努力次第です。
春は出会いの季節。
私が道場に入門したのも
この季節でした。
仲間のなかには新入学を控えている者、
新社会人となる者、その就職先で
2年間の寮生活に入る者もいます。
一人ひとりの
それぞれのフィールドでの
ますますの飛躍を
心から願っています。