昨日は会社の研修があったのですが、その中でちょうどタイミングよく、プレゼン資料の作り方についてのヒントが得られました。
これまで何回か記事に書いたように、結論(問いに対する答え)が明確でわかり易いプレゼン資料を作ることが今の私の大きな課題なのですが、どうも、プレゼン資料という「最終作品」の中に、分析手段や思考フレームなどの「ツール」を残そうとするクセがあるようです。
大工が家を作ることに例えると、プレゼン資料というのは出来上がった家そのものであり、分析や思考フレームなどは、のこぎりやカンナなどの道具に相当します。プレゼン資料にツールを残すというのは、出来上がった家に、のこぎりやカンナを置き忘れてくるようなものです。
もちろん、自分の思考をブラッシュアップしていく際には、いろいろな分析や思考フレームワークは非常に有効です。これは大工がのこぎりで木を切ったり、カンナをかけてその寸法を整えていくようなものです。
ただし、いくらその道具が素晴らしかったとしても、最終的な作品である家に、その道具を残してはいけません。もちろん、作っている最中の記録として、どういう加工をしてどういう作り方をしたかを写真に残しておくことはありますが、それはあくまで大工にとって(あるいは工程管理上)必要なことで、家に住む人にとっては、設計図どおりに作られていて、軋みや歪みのない住みやすい家であることが重要なのです。
自分のこれまでのプレゼンの作り方を振り返ってみると、どういう分析をしたかとか、どういうフレームワークで考えたかというのを、最終のプレゼン資料に入れたがるところがありました。せっかく一生懸命やったので、その痕跡を資料に入れておきたいという気持ちからです。
ただし、繰り返しになりますが、プレゼン資料で重要なのは、どうやって考えたかではなく、その考えた結果をわかりやすく相手に伝えることです。場合によっては、考えたプロセスとは違う方法で説明したほうがわかりやすい場合もあります。
気がつけば当たり前のことなのですが、つい忘れがちになってしまうので、今後気をつけていかねばなりません・・・。
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・小さな拠りどころ
・ゼロ・リセット
これまで何回か記事に書いたように、結論(問いに対する答え)が明確でわかり易いプレゼン資料を作ることが今の私の大きな課題なのですが、どうも、プレゼン資料という「最終作品」の中に、分析手段や思考フレームなどの「ツール」を残そうとするクセがあるようです。
大工が家を作ることに例えると、プレゼン資料というのは出来上がった家そのものであり、分析や思考フレームなどは、のこぎりやカンナなどの道具に相当します。プレゼン資料にツールを残すというのは、出来上がった家に、のこぎりやカンナを置き忘れてくるようなものです。
もちろん、自分の思考をブラッシュアップしていく際には、いろいろな分析や思考フレームワークは非常に有効です。これは大工がのこぎりで木を切ったり、カンナをかけてその寸法を整えていくようなものです。
ただし、いくらその道具が素晴らしかったとしても、最終的な作品である家に、その道具を残してはいけません。もちろん、作っている最中の記録として、どういう加工をしてどういう作り方をしたかを写真に残しておくことはありますが、それはあくまで大工にとって(あるいは工程管理上)必要なことで、家に住む人にとっては、設計図どおりに作られていて、軋みや歪みのない住みやすい家であることが重要なのです。
自分のこれまでのプレゼンの作り方を振り返ってみると、どういう分析をしたかとか、どういうフレームワークで考えたかというのを、最終のプレゼン資料に入れたがるところがありました。せっかく一生懸命やったので、その痕跡を資料に入れておきたいという気持ちからです。
ただし、繰り返しになりますが、プレゼン資料で重要なのは、どうやって考えたかではなく、その考えた結果をわかりやすく相手に伝えることです。場合によっては、考えたプロセスとは違う方法で説明したほうがわかりやすい場合もあります。
気がつけば当たり前のことなのですが、つい忘れがちになってしまうので、今後気をつけていかねばなりません・・・。
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