組織の上に立つ者のリーダーシップについては広く認知されており、リーダーシップ論を論じる書籍も星の数ほどあります。一方で、リーダーに仕える者の「フォロワーシップ」については、リーダーシップほどは広く認知されていません。


しかし、強い組織を作り上げるには、リーダーシップも必要ですが、そのリーダーを支えるフォロワーシップも非常に重要です。それは、リーダーがビジョンや方針を示すだけでは組織は動かず、それを受けたものがリーダーを支え、組織として確実にそれを実行することが重要であるからです。


そして、リーダーシップと同時にフォロワーシップが重要なもう一つの理由は、ピラミッド型の組織においては、同じ人が、リーダーであると同時にフォロワーになるからです。例えば会社においては、課長は課のリーダーですが、部長に対してはフォロワーになります。つまり、リーダーシップとフォロワーシップは表裏一体のものとして身につけていかねばならないものなのです。


ただし、フォロワーシップといっても、盲目的にリーダーに従うこととは異なります。リーダーにゴマをすり、神輿を担ぎ上げることはフォロワーシップではありません。


健全なフォロワーシップには3つの要素が必要であるといわれています。一つ目は正しいリーダーを見極める力、二つ目は上司の要求に応えていく(コミットする)力、三つ目はリーダーに対して批判的な提案をしていく力です。特に三つ目が大切で、そのためにはそのリーダー自身がフォロワーシップを理解し、自身を支えてくれる人(フォロワー)と健全な批判を言い合える関係を構築しておくことが必要なのです。


前回の記事で課長のネットワークのことを書きましたが、まさに課長層は会社のなかでリーダーシップとフォロワーシップの両方が求められる層です。課長層が動かなければ組織が動かないと書きましたが、それはまさしく、課長が部長や経営幹部のフォロワーとならなければならないということです。


ところで、話は少し政治のことに飛びますが、米国の大統領選においては、選挙期間中は共和党、民主党で国を二分した議論が戦わされるのですが、一旦リーダーが決まると、そのリーダーに対する国民のフォロワーシップが発揮され、国が一つにまとまっていきます。


一方で、日本においてはどうでしょうか?いまだ戦時体制に対する批判が残っているためか、一人のリーダーに対して国を挙げて支えていくということに対して、マスコミを含めて批判的な意見が多いように感じます。


もちろん、上記で書いたように盲目的なフォロワーシップは駄目ですし、批判的な意見を言えない体制というのは、独裁的な体制となります。しかし、日本の政治においては、自分たちが決めたリーダーを国民が責任を持って支えていく健全なフォロワーシップ(批判的なフォロワーシップ)がもっと必要ではないかと思います。


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