ピアニストの辻井伸行さんは、2005年のショパンピアノコンクールに17歳で最年少出場して「批評家賞」を受賞したころから注目を集めていましたが、昨年のヴァン・クライバーン・国際ピアノコンクールで優勝してから、一躍有名になりました。これまで、テレビでも何度か辻井さんの特集がされています。


以前の記事(→こちら )で、私がピアノを再開したきっかけが辻井さんのピアノであることを書きました。クライバーン国際ピアノコンクールでの、リストの「ラ・カンパネラ」の演奏を聞いて、こんなに澄んだピアノの音が出せるのかと衝撃を受けました。この曲は技巧的には超難曲なのですが、それを全く感じさせない清らかな音の世界を紡ぎだすのです。


辻井さんは生まれつき視覚障害を持っています。これはピアニストにとっては致命的なことで、楽譜が読めない、鍵盤が見えないというハンデを背負うことにないます。しかし一方、辻井さんは人並み外れた聴音力と記憶力を有しており、指導者が楽譜をなぞって弾く旋律を完璧に耳で聞き取り、それを記憶し、演奏を自分のものにすることができます。これで、目が見えないハンデを見事に乗り越えているのです。


それだけでなく、さらに辻井さんが素晴らしいのは、聞く人の心を動かす表現力の豊かさです。


視覚がないということは、聴覚を研ぎ澄ますことにつながります。私もピアノを弾くとき、目を閉じて弾いたほうが、より音の世界(響きの色彩感)を感覚的に捉えることができます。おそらく、辻井さんはこの「響きの色彩感」を捉える力が人並みはずれて高く、それが心に沁み入ってくる演奏につながっているのでしょう。


以前のテレビ番組のなかで、「僕は普通のひとが見ることができないものも見ているんでしょうね」と語っていました。それは、上に書いた響きの色彩感であり、また作曲者が意図する響きの世界なのだと思います。


作曲家は伝えたい響きのイメージを楽譜という媒体に書き落とします。演奏者はその楽譜から作曲家の意図をつかみ(アナリーゼ)、どのように演奏表現するのか考えます。


たとえば、「スタッカート」というと、音楽の教科書的には「音を短く切ること」ですが、ベートーベンのピアノ曲ではそれは何種類もの意味を持ち、場合によっては「アクセント」や「テヌート」に近い意味であったりしますので、それらの解釈を踏まえて演奏を行います。


一方で目が見えない辻井さんには「楽譜」という概念がありませんから、楽譜という媒体を介さず、直接、作曲家の伝えたい響きのイメージに繋がって、それを演奏として表現しているように感じます。