(142)あめかんむりの下を
月日が過ぎるのはアッという間で、気がつけばもう六月も終わり。
一年で最も日中が長い月でしたが、なぜか雨がちの季節です。
雨が降り続くと、子どもたちはてるてる坊主を作って『あした天気になあれ』って、お願いをしたりします。
でも、雨の日は、いつものざわめきや街並みが遠くにかすみ、耳を澄ますと、屋根瓦や池に落ちる雨音が心に響く季節でもあります。
雨が止み、雲間から陽ざしが注ぐと、ウグイスの鳴き声が爽やかに聴こえてきます。
梅雨雲の うぐひす鳴けり こゑひそか
水原秋櫻子
雨の日に見せてくれる自然の「彩り」や「音」、そして「匂い」には、この季節ならではの美しさが感じられます。
ちょっとだけ「雨冠」を意識して、六月の旬を追いかけて見ました。
『雫(しずく)』
葉緑色に包まれた雨雫
木々の下を覗くと、そこには雨雫がキラッと輝きながら枝を伝い、深く生い茂る葉の緑を潤わせています。
やわらかな葉緑色に包まれた雨雫は、心を潤す珠玉です。
ラヴァーズ・コンチェルト
歌:サラ・ヴォーン
♪雨のしずく やさしく森をぬらし
小鳥は歌う 愛の歌
あのメロディ いつの間にか
虹は丘の上に
二人のために 輝くよ 七色に♪
~和訳の一部抜粋~
『雲(くも)』
紫雲に輝く 住吉大社本殿
日々の暮らしに追われていると、空に浮かぶ雲を見つめる余裕をなくしてしまいますが、ふと窓から見える雲を眺めると、雲は百面相のように刻々と姿を変えていることに気づき、なにか一言、語りかけたくなります。
かつて清少納言は「枕草子」のなかで『雲は・・・』と、語りました。
雲は、
白き。紫。黒きも、をかし。
風吹くをりの雨雲。
明け離るるほどの黒き雲の、やうやう消えて、
白うなりゆくも、いとをかし。
「朝に去る色」とかや、詩(ふみ)にも作りたなる。
月の明かき面に、薄き雲、あはれなり。
枕草子 第二百三十七段
と語り、日々移ろいゆく雲の姿に心を動かされています。
〔つぎは作家・杉本苑子さんの意訳です〕
雲は、白雲と紫の雲がもっとも美しい。黒雲にもそれなりの味わいがあるし、風を伴ってむらむらと広がる雨雲にも、心ときめく。
夜がようやく明けかける時刻、空を覆っていた黒雲が少しずつ消えて、ほの白い微光がさし初めるのも趣ふかい。「朝に去る色」と漢詩に詠まれているのも、このような雲のたたずまいであろうか。
煌々と照り渡る月の面に、薄雲がかかる風情も捨てがたい。
『霧(きり)』
朝霧に覆われる立山
霧は風景にウエット感をもたらす魔術師のようで、自然の風景を心の情景へと橋渡ししてくれます。
作家の藤沢周平は、目に浮かぶような風景描写の中で、この霧の魔術を多彩な色どりを用いて、日本人の心の中にある自然の原風景をイメージ豊かに描いています。
〝いちめんの青い田圃は早朝の日射しをうけて赤らんでいるが、
はるか遠くの青黒い村落の森と接するあたりには、まだ夜の名
残の霧が残っていた。
じっと動かない霧も、朝の光をうけてかすかに赤らんで見える。
そしてこの早い時刻に、もう田圃を見回っている人間がいた。
黒い人影は膝の上あたりまで稲に埋もれながら、ゆっくり遠ざ
かっていく。″
・・・藤沢周平作『蝉しぐれ』より抜粋
『雨(あめ)』
雨だれに見とれて
アジアの東部から南東部をへて南部にいたる,モンスーン(季節風)の影響を受ける地域を 「モンスーンアジア]と呼ぶようです。
その東端にある日本の降水量は世界平均の2倍。日本はまさに「雨の国」です。
あるときは天から賜る恵み、またあるときは、とめどもなく降り注ぐ災いのもとと、いいときもわるいときも、この自然の営みとともに暮らしてきた日本には、雨の呼び名が数多くあります。
小ぬか雨
小雨
霧雨
雷雨
氷雨
長雨
豪雨
時雨
緑雨、、、などなど
雨の違いを感じる文化は日本ならではです。
また雨の降り方をあらわす『ざーざー』や『ぽつぽつ』というオノマトペもおもしろいですが、音のない『しとしと』も感覚的に理解できるのは、雨と寄り添ってきた日本人ならではの感性だと思います。
今降っている雨にいろいろな名前が付いていると思えば、憂鬱に思われがちな雨も違って見えます。
『傘(かさ)』
傘の舞 宝塚 伊和志津神社にて
『雨』と言えば何を連想しますか?、、、という楽しいアンケート調査がありました。結果は、
1位 傘 57%
2位 湿度 17%
3位 カエル 9%
4位 カタツムリ 1%
だったようです。
『雨』と言えば『傘』、納得です。
サ行音ふるわすように降る雨の中遠ざかりゆく君の傘
俵万智
サラダ記念日
サシスセソのどの音が雨の音に近いのでしょう。
サ行音で降りそそぐ雨と想い。
想いの音には、
サ、さみしい
シ、しょうがない
ス、すまない
セ、せいじゃない
ソ、それでも、、、などがあります。
そして、遠ざかりゆく君の傘にはきっと
『サヨナラ』の想いが。
でも大丈夫。流し損ねた涙も、ゆき場を失った想いも、『サ行音で降る雨』で、きれいに流してくれるから。
雨のうるおい 奈良 矢田寺にて
雨
八木重吉
雨は土をうるおしてゆく
雨というもののそばにしゃがんで
雨のすることをみていたい
アメンボの散歩
ポツリ...ポツリ...
今日も自然の赴くままに、雨が降っています。