(140)一灯の輝き
昨年のNHK大河ドラマ『どうする家康』の主人公、徳川家康には二つの辞世の句があります。
その一つ、
先に行く あとに残るも 同じこと
連れてゆけぬを わかれぞと思う
(意訳)
誰も道ずれにしようとは思わない。だれも後追いして、私のあとについてこようとしてはならない。
忠義や忠誠心が重んじられていた戦国時代は、主君の死に伴って家臣もそれに続いて殉死することが美徳とされていました。
しかし、徳川家康は殉死を、辞世の句でもって禁じたのです。
家康の晩年は戦死した家臣のために南無阿弥陀仏を写経し続けたといいます。次の時代を託す有能な人たちの無駄死にを防ごうと心を配った家康の想いが伝わってきます。
ハナショウブ 花言葉は『優しい心』
そして二つ目の辞世の句は、
嬉やと 再び覚めて 一眠り
浮世の夢は 暁の空
もう目が覚めることはないと思って眠ったが、再び目覚めることができて嬉しい。この世で見る夢は、夜明け前の空のようだ。
さぁ もうひと眠りしよう、といった意味でしょうか。なんとものんびりした句のようですが、たびたび死の危険に直面した家康だからこそ『目が覚めただけでも感謝!』という想いが伝わってきます。
「夜明け前の空」、、、
暗闇の夜空が青い光に照らされ、明けゆく希望が感じられる奇跡の一瞬「ブルーモーメント」、幻想的な世界が拡がります。
※じっくりご覧いただくと、左に法起寺三重塔が佇んでいます。
暗闇の中で照らしだされる一点の灯り(写真の光)は、路行くものを導く希望の光のようです。
暗闇を照らす光と云えば灯台が目に浮かびます。
激しい波と風に削り出された岩場の上に、光を放つ灯台の姿。
灯台は、広大な海に比べれば比較にならないほど小さいものですが、航海を続ける人々にとっては、その存在は大きな目印です。
航路を行く者が迷わないように、航海の灯火として今日も立ち続けています。
淡路島江崎灯台が照らす光
一灯をさげて暗夜を行く。暗夜を憂うなかれ、一灯を頼め
これは西郷隆盛が終生の愛読書としてきた佐藤一斎著の言志四録に挿入されている名言です。
「暗い夜道を歩く時、一張の提灯をさげて行くならば、如何に暗くとも心配しなくてよい。ただその一つの提灯を頼りにして進むだけでよい。」と語っています。
どんな人でも前の見えない道を歩むのは不安を感じるものです。そんなとき、心の中に一つ灯火があると、暗闇の中で自分の歩む道を照らしてくれます。
『一灯』、それは明日を照らす、勇気の源泉です。
ヒラドツツジ(平戸躑躅)
この時期、街を色鮮やかに染める花のひとつがツツジです。
白、淡いピンク、赤紫色など、色とりどりの花が、たとえ彩度の低い曇り空の中でも、くっきりと浮かび上がります。
代表的な種類として、ヒラドツツジ(平戸躑躅)やヤマツツジ(山躑躅)などが目を楽しませてくれますが、ツツジの種類は何と4,000種類以上あるようです。
盛りなる 花曼陀羅の 躑躅かな
高浜虚子
そんな中で、スズランに似た可愛い白い花を咲かせるツツジがあります。ドウダンツツジと呼ばれる花です。
ドウダンツツジの花
ドウダンツツジの和名は「灯台躑躅」です。
ときには、中国名のまま「満天星躑躅」と表記されることもありますが、花姿は白い壺形のかわいらしい小花で、枝から垂れ下がるように多くの花をつけています。
不思議なのは、なぜ「灯台躑躅」という字が当てられたかです。
枝分かれの仕方が古い時代に宮中行事で用いられた「結び灯台」の脚に似ていたことから名付けられたようです。
航路を守る『灯台』ではありませんでしたが、見る人が、思わず足を止めるほど美しくかわいいツツジです。
細領巾(ほそひれ)の 鷺坂山の 白躑躅(しろつつじ)
われににほはね 妹に示さむ
柿本人麻呂
(意訳)
鷺坂山(さぎさかやま)に咲く白つつじのように、私の衣をまっ白に染めてくれたら、愛しい人に見せたい。
※細領巾(ほそひれ)とは、女性が肩にかける羽衣
白ツツジ(灯台躑躅)の花
船の航路と同様に人生にも暗闇の時期があります。
でも、そこには必ず灯台の光があります。ブルーモーメントが導く奇跡の輝きを信じ、心の想いに向かって歩んでいきたいものです。
サラサドウダン