(133)雪解けの足音
彩り豊かに紅葉していた木々が、すべての葉を落として寒々しい木枯らしに吹かれています。
冬木立 色ある者は なかりけり
正岡子規
雪に埋もれる冬木立 近江湖西マキノにて
厳しい寒さにもかかわらず、人々の美意識は冬枯れの景色にも情緒豊かな趣きを感じています。
山里は 冬ぞ寂しさ まさりける
人目も草も かれぬと思へば
源宗于朝臣(みなもとのむねゆきあそん)
(百人一首28、古今和歌集315)
意訳
山里はとりわけ冬が寂しく感じられるものです。人が訪ねてくることもなくなり、草木も枯れてしまうと思うので。
冬の寒さや心細さがしみじみ感じられる一首です。
山里の冬 近江湖西マキノの冬景色
さらに清少納言は『枕草子』で、早朝に見る雪や霜の白さに深い感銘を受け、「冬らしい」風情が素敵だとまで語っています。
『冬はつとめて。(※)』 枕草子・第1段より抜粋
(※)冬は早朝がよいの意
冬は早朝がよい。雪の朝のときめきはいうまでもないけれども、霜がまっ白に地上をおおうありさまも捨てがたい。それでなくてさえ寒いのに、大急ぎで火などおこして、炭を持ちながら部屋部屋を歩く人影のせわしなさ……。そんな風景も、いかにも雪の朝に似つかわしく、キリっと引きしまって感じられる。しかし、昼に近づくにつれて気温があがり、いつとはなく手あぶりの火も忘れられて、中の炭が、白く灰がちになってしまうのは、早朝のさわやかな緊張感にくらべると、なんともだらけていて好もしくない。
(訳:杉本苑子)
清少納言は枕草子第一段で四季それぞれのよさを綴っています。
春はあけぼの
夏は夜
秋は夕暮れ
そして『冬は早朝』
冬の早朝、それも火を起こして暖をとろうとバタバタと炭を持ってくる様子が冬ならではで良いと、『慌ただしい冬の早朝』に趣きを感じています。
そして、昼間になり気温が上がってくると、暖をとっていた火桶は放置され真っ白になった炭だけが残されている風景。これは『よろしくない』と言っています。
火桶の真っ赤な火が、白い灰になってしまう……、こんなところにも目をとめ、物悲しさを感じている清少納言です。
淡い香りが漂うロウバイ 奈良・石光寺にて
雪景色に映えるツバキ 奈良・當麻寺にて
冬の寒さにも負けず、健気にも美しい花を咲かせるツバキやロウバイ。真っ白な雪景色の中に咲く花の色は、神々しさすら感じられる美しさです。
昨日まで降り続いた雪もようやく止んだので、滋賀県彦根市を訪れました。JR彦根駅から西へ、彦根城に向かって雪道を歩いていくと菰(こも)巻きの松〝いろは松〟が並んで立っています。
いろは松の雪景色 彦根城にて
松並木の突き当たりを右折して、名勝「玄宮園」に向かう途中に、寒い雪の中で白や薄紅色の可憐な花を咲かせている桜の木がありました。横の説明版によると、冬と春の年二回開花する「二季咲桜(にきざきさくら)」だとか。
二季咲桜 彦根城内にて
安政7年(1860年)3月、雪が降りつける江戸城 桜田門外で大老・井伊直弼が水戸藩の浪士たちの襲撃により暗殺されました。
この事件により、幕府の権威は失墜し、幕末の争乱、ひいては明治維新へと続く歴史上の大きな転換点となった「桜田門外の変」です。
彦根にとって水戸はまさに宿敵でしたが、昭和45年(1970年)、水戸市と姉妹都市提携をしている福井県敦賀市の市長が、両市の仲を取り持ち和解が成立、彦根と水戸が親善都市提携を結んだのです。『雪解け水の清らかな音色』が聞こえたのは「桜田門外の変」から110年も後のことでした。
雪中の白鳥 彦根城の堀にて
彦根からは堀の白鳥が、水戸からは偕楽園の桜がそれぞれに贈られました。
その時に贈られたのが「二季咲桜」。植樹から半世紀以上を経た今、幹の直径は30cmを超え、優し気な花を咲かせています。
日本三名園の一つといわれる水戸・偕楽園でも同じ桜が二季咲桜として親しまれています。
水芭蕉 雪解けのせせらぎ
雪解け水の笑顔 近江湖西マキノにて
雪とけて 村いっぱいの 子どもかな
小林一茶
立春ともなると、雪解けの土の中から草花が顔をのぞかせます。つくし、フキノトウ、福寿草、水芭蕉、、、そして子どもたち。
『雪解け』、、、草花や心に積もった雪がとけると、季節は『なごみ』の温もりを運んでくれます。