(116)かがり火花の焔
突然ですが、野球の実況中継です。
「対打機関、次の球種の打ち合わせを終え、投手は第一球を投じました。大きな曲球、本球。続いて第二球、素球は内側に外れて外球。第三球は、見事な指節球、打者空振り。球勘定は本球二本、外球一本であります」
これは、NHK人形劇『ひょっこりひょうたん島』の原作者・井上ひさしさんが「ニホン語日記」で書かれた『野球用語邦語集』の一節です。
“翻訳”しますと、
「バッテリーが次の球種の打ち合わせを終え、ピッチャーは第1球を投げました。大きなカーブでストライク。続いて第2球!ストレートが内側に外れてボール。第3球は、見事なナックル・ボールでバッター空振り。ボールカウントはツー・ストライク、ワン・ボール」
こんなラジオ放送が戦時中にあったようです。
これは『敵性語』と呼ばれる敵国語を変換した『邦語』による実況中継です。
アニメ『タッチ』の画像をお借りしました。
明治維新を経て欧米文化を積極的に取り入れた日本人は和洋折衷の先進的な文化を育んできましたが、戦争によって頓挫したようです。その影響は英語をはじめとする外国語の使用禁止に表れました。
『バイオリン』は敵性語だから使えない。では、何て呼べばいいの?と、たずねると『ひょうたん型糸こすり器』だと教えられたようです。
これでは文化のかけらも感じられませんね。
敵性語の翻訳を少し調べてみると、次のようなものまで出てきました。
『サイダー』は『噴水水』。
『カレーライス』は『辛味入汁掛飯(からみいりしるかけめし)』。
翻訳家には申し訳ないのですが、つい吹き出してしまいました。
一方で、花の翻訳では苦労のあとが感じられます。
『パンジー』は『胡蝶菫』
花びらが蝶のように舞っているように見えることから、蝶という漢字が使われたようです。
パンジー 明石海峡公園にて
(蝶が舞っているようです)
『ダリア』は『天竺牡丹』
花の形が牡丹に似ていることから名付けられたそうです。
ダリア 宝塚ダリア園にて
(花言葉は「華麗・優美」です)
『チューリップ』は『鬱金香(うこんこう)』
古くから人々になじみのあった『チューリップ』の翻訳には苦労されたようで、この花のどの特徴を訳したんでしょうか。
チューリップ 淡路島洲本図書館前にて
(花言葉は「思いやり・博愛」です)
そして、とても不思議な名前になったのがシクラメンです。
なんと『豚の饅頭』。
イギリス植物の父と呼ばれた博物学者のウィリアム・ターナーが庭に放し飼いにしていたブタがシクラメンの根茎を掘り出してよく食べていたことから『sow bread』(ブタのパン)と名づけ、それが日本に伝わり、「豚の饅頭」になってしまったと言われています。
シクラメン 京都植物園にて
(花言葉は「遠慮・はにかみ」です)
19世紀後半のフランス。
アールヌーボーを代表するフランスのガラス工芸の巨匠エミール・ガレと、その親しい芸術家達が数々と発表したシクラメンをモチーフにした作品は、ヨーロッパ各地でシクラメンの一大ブームを起こしました。
やがてシクラメンの流行は日本にも伝わり、先に西洋から渡っていたバラ、カーネーションと共に、アジアで一番西洋化した日本で大変親しまれるようになったのです。
そんな由来を持つ『シクラメン』の敵性語が、『豚の饅頭』ではかわいそうと、植物学者の牧野富太郎博士は、花の姿から『篝火花(かがりびばな)』と名付けました。
燃えつきし 焔(ほのお)の形 シクラメン
田川飛旅子
燃え尽きる直前の焔(ほのお)が、パッと明るくなるような美しい姿を詠んでいます。
牧野富太郎博士の優しさは文化の衰退をくい止めたようです。
今では、寒さに強いシクラメンは、日本の冬を彩る「花鉢の王様」です。
いつしか人々の高い意識は新たな文化を創りあげていきます。
♪ シクラメンのかほり ♪
~抜粋~
作詞・作曲 小椋 佳
唄 布施 明
うす紅色の シクラメンほど
まぶしいものはない
恋する時の 君のようです
木もれ陽あびた 君を抱(いだ)けば
淋しささえも おきざりにして
愛がいつのまにか 歩き始めました
シクラメン 自宅にて
(木漏れ陽あびた うす紅色のシクラメン)
花の少ない初冬から春の季節に花を咲かせるシクラメン。
小さな鉢ですが、毎日水やりをしていると、次から次へと咲き続けてくれるので、家族の絆が深まる花とも言われています。
寒い日も可憐に咲くシクラメンは、小さな窓辺を温めてくれます。