(107)散りゆくいろは

 

 

 

赤や黄色に色づいた葉も、冷たい北風が吹くころになると、一枚一枚はらはらと散り始め、地面を彩るようになります。

 

 

 初冬の奈良公園

 

 

 

  一枚の 紅葉かつ散る 静かさよ

     高浜虚子

 

(鑑賞)

一枚の葉が紅葉しつつ散っている、何という静かさだろう。

色づきながらも散っていくまさにその瞬間をとらえているようです。

 

 

 

 初冬の奈良公園

 

 

 

周りがすっかり枯葉色になっていく中で、まだ赤く色づいたままの木々。

 

  大勢の 中に我あり 冬紅葉

     星野立子

 

(意訳)

多くの枯れ木の中に一際目立っている冬の紅葉があります。

 

 

 冬紅葉 京都大原野神社

 

 

 

13年前のNHK大河ドラマで、妻夫木聡さんが直江兼続役を演じた「天地人」が放映されました。その初回、直江兼続(幼名、与六)が僅か五歳で上杉景勝の小姓になるため母と別れる名場面がありました。

 

【天地人・第一話(五歳の家臣)】より

与六の母お藤(田中美佐子さん)は、泣きはらした目の与六(加藤清史郎くん)を納屋から出すと、庭にある紅葉を見上げて静かに諭しました。

『木は、厳しい冬を乗り越えるため、力を蓄えねばなりません。紅葉が散るは、その身代わり。燃え上がるようなあの色は、わが命より大切なものを守るための、決意の色。そなたは、あの紅葉になるのです。紅葉のような家臣になりなされ』

与六は驚きで声も出ぬまま、お藤を見上げました。

病弱で、いつも優しい母が、見たこともない厳しい顔をしている。

『今日からそなたは、母の子ではありません。この越後の子となるのです』

『与六は母の子じゃ! どこにも行かぬ!』

嫌じゃ嫌じゃと泣き叫ぶ与六を庭に残し、お藤は毅然として家の中へ入っていきました。

 

それから35年後の慶長5年(1600年)、近江佐和山でも、決意の紅葉は、覚悟を決めた石田三成(小栗旬さん)によって詠まれます。

 

 散り残る 紅葉はことに いとおしき

  秋の名残は こればかりぞと 

    石田治部少輔三成

 

正義と友との固い契りを信じ、大一大万大吉の旗を掲げ、決戦の地(関ケ原)に向かう時に詠んだとも云われる佐和山「残紅葉」

 

石田三成享年40歳、大谷吉継享年40歳、島左近嫡男新吉享年17歳・・・

 

正々堂々と雌雄を決する戦いに臨んだ三成は、わが命より大切なものを信じ、守ろうとしたのかも知れません。

 

 

 冬紅葉 京都大原野神社

 

 

 いろは歌

いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす
色は匂へど 散りぬるを
我が世誰ぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて
浅き夢見じ 酔ひもせず

(現代訳)

色は美しく照り映えていても散ってしまうもの

私たち この世の誰が 永久に変わらないことがあろうか

いろいろなことがある人生の深い山を 今日も越えていくが

儚い夢など見ることはしない 心を惑わされもしない

 

 

弘法大師・空海の作とも伝えられる「いろは歌」は、『あいうえお』の仮名四十七文字をすべて一回ずつ使った詩としても有名ですが、その内容は非常に仏教的で、無常観を詠んだものと云われています。

 

弘法大師・空海は、『いろは歌』を通して、無常である人生を一生懸命生き、年を重ねてもそれぞれの色がついた「自分の花」を大切に咲かせて欲しいと、願っておられるようです。

 

 

 

   冬紅葉 高野山

 

 

 

春に芽を出し、夏に青々と育ち、秋に紅葉し、冬には枯れ散っていく・・・  これが葉っぱのわが人生。

しかし枯葉たちは大地に還り、新たな世代を育んでいきます。

『散りゆく色葉』、それは新たな命をつなぐ決意の色。

 

 

 

 色は匂へど散りぬるを 諸行無常の響きあり