(90) 金色水の導き
八坂(やさか)さんから、清水(きよみず)さんへ。ねねの道、一念坂、二年坂、そして三年坂へたどる石畳の道が通り雨でしっとり濡れていました。
三年坂に向かう二年坂沿いには、大正ロマンを代表する画家、竹下夢二が最愛のひと彦乃と暮らした家がありました。今は、夢二を偲んだ「港屋丹波黒」という店の軒下に「竹下夢二寓居の跡」と記された石碑が立っています。
夢二は大正三年(1914年)、東京日本橋の紙問屋の一人娘「彦乃」と運命の出会い、恋に落ちましたが父親の反対により京都に逃れた先がここ、二年坂です。1915年のこと。
彦乃がモデルの美人画 竹下夢二画
近くには夢二が彦乃と一緒に通ったという甘味処「かさぎ屋」が坂のわきに趣きのある店構えをみせています。
二年坂・三年坂の風情
二年坂を上りきると「八坂の塔」からの道と合流し、三年坂がはじまります。
「三年坂」は「産寧坂」とも書かれます。
清水寺の塔頭(たっちゅう)の「子安塔」に安産信仰があり、産(生み)寧(やすき)塔と呼ばれたからとも、あるいは、豊臣秀吉の妻「寧々
(ねね)」がこの近くに住居を構え、無事に元気な子どもが生まれることを願ってこの坂を上り清水寺にお参りしたからだともいわれています。
三年坂と五条坂が交わるといよいよ清水寺の参道「清水坂」になります。坂道沿いに咲く紫陽花がこの時期の色を添えてくれます。
坂沿いに咲くガクアジサイ 清水坂にて
清水坂を上りきると、目の前には朱塗りの美しさから「赤門」とも呼ばれる清水寺への最初の門、「仁王門」がその整った姿をみせてくれます。
仁王門から振り返れば西方に見事な眺望がひらけ、日暮れ時ともなると夕焼けに染まる美しい街並みが人々の思いを誘います。
この「仁王門」は、「赤門」と呼ばれる以外に「目隠し門」とも呼ばれています。
清水寺本堂の舞台は京都の洛中を見下ろすことができる場所に建っていますが、その中には京都御所があります。ここを見下ろすことは「天子を見下す行為」にも取れてしまうため、天皇の御所を直接見下ろすことができないよう、今の場所に仁王門が建てられたとされています。
京都御所への視界を遮る門、ということで「目隠し門」だとか。
本当のところは???
清水寺仁王門 右奥には西門と三重塔
こんこんと涌き出ては落ちる音羽山中の清水。その傍らに建てられたのが音羽山清水寺です。
『清水寺縁起』によると、奈良時代末の宝亀九年(778年)、大和の僧、延鎮(えんちん)が夢のお告げで、金色に光る一筋の流れから音羽山を探し当て、行叡居士(ぎょうえいこじ)から授けられた霊木で観音像を彫り、庵を結んだのが始まりと伝わっています。
音羽山清水寺。寺名の由来の『清水』は境内の音羽の滝に、三筋に分かれて流れています。
音羽の滝の清水は、『金色水』とも『延命水』とも呼ばれ、参詣者はこの清水を飲むことで、観音さまと縁(えにし)を結ぶとされています。
現代では、正面から見て右端は「延命長寿」、真ん中は「恋愛成就」、左端は「学業成就」のご利益が得られるとか。二人連れには真ん中の一筋に人気があるようです。
三本の筧から清水が流れ落ちる「音羽の滝」
清水寺は観音信仰の霊場として、観音さまの慈悲が得られるだけでなく、四季折々の自然の変化も、人々にとっては心の潤いであり、安息でもあるのです。
金色水の導きにより、観音さまの慈悲にいだかれる清水寺は、平安時代には広く庶民に拡がりました。
清少納言は「枕草子」で、『さわがしきもの』として毎月の観音さまの縁日である十八日に清水寺に参籠したときのことをあげ、紫式部は「源氏物語・夕顔の巻」で、『寺々の初夜(そや)(午後六時から八時頃の勤行)も、皆、行ひはてゝ、いと、しめやかなり。清水の方ぞ、光多く見え、人のけはひもしげかりける』と描いているほどです。
コロナ禍が少し下火になった今、清水寺の門前は当時の賑わいを取り戻しつつあります。清水坂を上ったり下ったりする様は、平安の代から現在に至るまで変わることのない姿なのです。
西国三十三所第十六番札所として、古来よりおびただしい人々が現世利益を願ってきた地です。
本尊の十一面千手観音は、あらゆる観音菩薩の中でも最大の法力をもち、もっとも功徳の多い仏さまとされています。拝んだその時からご利益が得られる観音さまです。
境内から『ちゃわん坂』への参道にて
今も昔も、人々は繰り返し繰り返し『清水詣』を続けてきました。
清水詣のきっかけは人それぞれです。ある人は深い信仰心から、あるいは自分自身や身近な人の病気平癒や合格祈願のため、はたまた物見遊山という好奇心にときめきながらなど、十人十色です。
世の中には、そうせずにはいられないほど苦しんでいる人もおられます。
けれども、いくら現世利益をお願いしても、それが簡単にかなうと思っている人は、実際には少ないと思います。
それでも、これほど多くの人々がこの観音さまを参拝されるのは、祈ることで心の安らぎが得られるからではないでしょうか。
心の安らぎは、人にやさしくできたり、何事にも前向きに進んでいく気を涌かせてくれます。
これこそが、観音さまのご利益を得てこの世を生きていこうと心の奥深くで願っている老若男女への、観音さまからの贈り物だと思えるのです。
本堂にて (正面の像は出世大黒天の後ろ姿)
清水寺の景観は、憂き世を一瞬忘れさせてくれる舞台です。
そして音羽の滝が金色水に導かれた昔を伝え、清水を汲む人々の心を安らかにしてくれます。古来より、清水の観音さまは人々の心に寄り添い歳月を重ねてきています。
清水寺境内にある地主神社(じしゅじんじゃ) 縁結びの神様です