(87)はつなつの競演

 

 

 

 以前のブログ記事「(85)立夏の彩り」で、五月は春?それとも夏?とお尋ねしたところ、多くの方から『五月は初夏でしょう!』というお返事をいただきました。そこで今回のブログは五月は初夏として書かせていただきます。

 

 

 

五月晴れの明石海峡大橋 舞子浜から

 

 

 

五月は晴れると、青空のもと爽やかな風が・・・などと表現される『五月晴れ(さつきばれ)』。

 一方で雨が降り続くと『五月雨(さみだれ)』と呼ばれます。 

 

晴れても雨でも、『五月・・』の文字が飾る不思議な季節です。 

 

 

 

 雨にしっとり 芍薬  宝塚長谷ぼたん園にて

 

 

 

五月の太陽は七月の太陽と同じぐらいに強く、目に眩しい新緑が夏の気配を感じさせてくれます。

 

沖縄では梅雨の前の爽やかな季節を『若夏(わかなつ)』と呼ぶようです。とても素敵な言葉です。

 

   若夏の 満月を上げ 椰子の闇

       小熊一人(元、沖縄気象台職員)

 

 

「若夏」が過ぎると「梅雨」が始まります。

「初夏(はつなつ)」では「若夏」と「梅雨」が風情を競います。

まさに『はつなつの競演』です。

 

 

 

はつなつの清流  兵庫加古川 闘龍灘にて

 

 

 

 

わが故郷は、楠樹(くすのき)の若葉ほのかに香ににほひ

葉びろ柏は手だゆげに、風にゆらゆる初夏(はつなつ)を

葉洩りの日かげ散斑(ばらふ)なる糺(ただす)の杜の下路に・・・

 

薄田泣菫(すすきだきゅうきん)「望郷の歌」の一節です。

 

 

この詩にとても似た詩が英国でも歌われています。

 

ああ、英国にいれば、いまこの時、

(にれ)の幹の周りの大枝にも下枝にも

小さな若葉が一斉に芽吹いてきます

果樹園の木々の枝にはヒワが来て鳴いている

いま、英国にいれば・・・!

 

この詩は、英国の詩人R・ブラウニングがイタリアに住んでいた頃に歌った 「Home Thoughts,From Abroad」です。

 

 

 

若葉の緑、小鳥のさえずりに「時間よ、ここでとまれ」と思うほどの美しい季節は、いまこの時。 イン・ジャパン――ナウです。

 

 

 

 初夏(はつなつ)の緑 京都嵯峨野・落柿舎にて

 

 

 

二月から五月にかけて、赤、黄、白、紫など、さまざまな色の花が咲いては散っていきました。

 

岡本省吾さんの著作「木の花・木の実」の中で、筆者が調べられた月別に咲く花の色では、黄色の花は早春に多く、紫の花は初夏に多くなっているようです。

 

はつなつの今は、まさに紫色に咲く花たちの競演の舞台です。

 

 

 

【カキツバタ】

 

   古溝や 只一輪の 杜若

       正岡子規

 

 

        京都・平安神宮神苑にて

 

 

 

 

【アヤメ】

 

   野あやめの 色の秘境に さしかかる

       稲畑汀子

 

 

        奈良。滝谷花菖蒲園にて 

 

 

 

 

【アジサイ】

 

   紫陽花の 八重咲く如く やつ代(よ)にを

    いませわが背子(せこ) 見つつ思(しの)はむ

      橘諸兄(たしばなのもろえ)  (万葉集・巻二十)

 

(歌意)

紫陽花は、七変化ともいわれるさまざまな彩りを持ち、色を変化させつつ紫蘭に至る大輪の花の美しさが「わが背子」への賛美になっています。

 

 

 鎌倉・長谷寺にて

 

 

 

 

【ガクアジサイ】

 

 鎌倉・長谷寺にて

 

 

 

アジサイは漢字で書くと紫陽花です。でも、どう読んでもアジサイとは読めません。

漢字の由来は平安時代の学者・源順(みなもとのしたがう)にあるようです。

 

中国の詩人・白楽天の詩に『紫陽花』が出てきます。

 

  『紫陽花』  

      白楽天(白居易のあざな)

 

  何年植向仙壇上    何れの年に植えて仙檀上に向かう

  早晩移栽到梵家    早晩移し栽えて梵家に到る

  雖在人間人不識    人間に在りといえども人識らず

  与君名作紫陽花    君に名を与えて紫陽花となす

 

 

(意訳)

この寺で芳香を放っている紫色の麗華は、いつ仙界から、ここに移植されたのかわからない。いまは人間界で咲いているが、誰もその名前を知らない。あなたに紫陽花という名前をさしあげよう。

 

 

 

この歌を知った源順は、この詩に出てくる仙界の麗華『紫陽花』を、これはわが国でも咲いている『アジサイ』に違いないと思い、次のように書き記しています。『紫陽花、白氏文集律詩云紫陽花 和名 安豆佐為(あずさい)』

 

 

 

白楽天の漢詩に出てくる花は『紫桂』で、日本には無い花のようで、中国ではアジサイのことを『八仙花』や『紫繍球』などと書くようです。

 

源順の思い違いは、一千年のときを経ても見直されていません。私たちが見ているアジサイの花の美しさを表すのに『紫陽花』がぴったりだからかも知れません。源順さまさまですね。

 

 

 

 

【アマチャ】

 

    雀子が ざくざく浴る(あびる) 甘茶哉 

        小林一茶

 

 

 京都・天龍寺庭園にて

 

 

 

お釈迦様の誕生を祝う花祭りで、本堂に飾られる甘茶という飲み物は、ガクアジサイの仲間の『甘茶(アマチャ)』から作られます。

 

甘茶の花言葉は「祝杯」です。とてもおめでたい花言葉ですが、これはお釈迦様の誕生を祝って天から甘露の雨を降らせて産湯にした、という言い伝えからのようです。

 

 

 

 

 須磨離宮公園にて

 

 

 

 はつなつの五月二十三日は恋文とキスの日

 ラブレターもキスも同じ日なんて、

 ずいぶんせっかちな恋の競演

 きらめく青とソーダ水とが恋をし始める季節です