(79)たんぽぽさんぽ
やわらかな陽ざしが降りそそぐ春、ちょっとした空き地や、原っぱに黄色いたんぽぽの花が咲いています。たんぽぽは、子ども達のいい遊び相手です。
山門に うなゐら遊ぶ たんぽぽもち
山口青邨
(少し解説)
「うなゐ」とは、幼い子どもをさしています。小さな子どもが、たんぽぽを持って遊んでいる春の日の、のどかな光景が浮かびます。
野原に咲くたんぽぽ
たんぽぽの花は、咲き終わると茎は倒れ、そして花を咲かせていた時よりもっと高く再度持ち上がり、綿毛のついた種を風にのせて飛ばします。
たんぽぽの ぽぽと綿毛の 立ちにけり
加藤楸邨
(少し感想)
ぽぽと立ち上がっていく綿毛の様子が目に浮かびそうで、声に出して読むと一段と楽しさが膨らみます。
たんぽぽの綿毛
こんな可愛いたんぽぽの花ですが、その花言葉の一つに「別離」があります。
この花言葉がつけられたのは、たんぽぽの綿毛が風に乗って遠くに飛んでいく様子から連想されたようですが、他説では、アメリカで古くから伝えられている物語が関係しているとも云われています。
春のある日、南風は野原で黄色の髪をした少女を見つけ、恋に落ちてしまいます。夏が来る頃にはさらに美しくなるその少女を見つめ続けますが、またすぐに帰ってくることを心の中で誓い、しばらく少女のもとを離れてしまいます。冬になり戻ってくると、そこには黄色い髪の少女が白い髪の老婆に変貌している姿がありました。南風は悲しみ、最後にため息をついてその場を去ろうとします。するとその息に老婆は吹き飛ばされて、いなくなってしまったのです。
この南風が恋をした少女こそが、たんぽぽだったということです。なんとも切ない話です。
たんぽぽの花
たんぽぽにまつわる物語は日本にもあります。
平安末期、鳥羽上皇に仕える北面の武士で佐藤兵衛尉義清は23歳のある日、名を西行とあらため、頭を丸め、墨染めの衣を着て修行の旅にでます。
その道中のこと、摂津国にある鼓ヶ滝を訪れます。高さ8mほどの小さな滝ですが、滝壺に水がポンポンポンポンと落ちる音が山にこだまして、まるで鼓を打っているような音が聞こえてきます。
山道を越えてようやく鼓ヶ滝にたどり着きます。
目の前の滝を眺めて ”見事だ!” と感動した西行は歌を詠みました。
伝え聞く 鼓ヶ滝に 来てみれば
沢辺に咲きし たんぽぽの花
ここを訪れた人は多いだろうが、これほど見事な歌を詠んだ者はいないだろうと西行は自画自賛します。
鼓ヶ滝の前でゆっくりし過ぎた西行は、急いで山を下りようとしますが、間もなく日は暮れてしまいます。すっかり疲れはてて困っていたところ、遠くに灯りが見えました。人家らしいので一夜の宿をお願いしてみると、快く招き入れてくれました。
家には70歳ほどのお爺さん、連れ合いのお婆さん。それに15歳ほどの孫娘がいました。
お粥をごちそうになっていると、お爺さんは鼓ヶ滝でどんな歌を詠んだのかを尋ねました。西行は自信満々の先ほどの歌を聞かせます。お爺さんは立派な歌だが、「惜しい」と言います。「鼓というのはポンポンという音のするもの。ならば『伝え聞く』よりも『音に聞く』と詠んだ方が良い」と言いました。確かにその方が良い。西行はお爺さんに頭をさげました。
今度はお婆さんが、私も直してあげようと言うと、西行は驚きました。「鼓というのは、ポンポンと打つもの。ならば『鼓ヶ滝に来てみれば』よりも『鼓ヶ滝を打ち見れば』の方が良い」と言います。西行も確かにそうだと思いました。
今度は孫娘が、私も直して差し上げると言います。「鼓は獣の皮を張って作るもの。ならば『沢辺に咲きし』と詠むよりも、『川辺に咲きし』と詠んだほうが良いです」と言って、こう詠みました。
音に聞く 鼓ヶ滝に 打ち見れば
川辺に咲きし たんぽぽの花
歌がグッと良くなりました。
何ということだ。西行は、自分のことを天下の名人だと思っていたが、この幼い娘にもはるかに及ばない。ガッカリしているところで、一陣の風がサッと吹き、気がつくと、そこは山の中の一軒家ではなく、鼓ヶ滝の前だったのです。松の根に座りながらうつらうつらしているうちに夢を見ていたのでした。
自分が天下の名人とうぬぼれていたところに、住吉明神、人丸明神、玉津島明神の和歌三神がそれを戒めようと、先ほどの三人の姿になって現れたのでした。
己の慢心に気づいた西行は、これから16年間、歌の修行にいそしみますが、一日たりともこの鼓ヶ滝での出来事を忘れなかったといいます。
古典落語『西行鼓ヶ滝』より
たんぽぽの綿毛は、風に乗って遠くに飛んでいくことから、旅に出ることに重ねられます。
たんぽぽの 絮となる頃や 旅を恋ふ
鈴木真砂女
(参考) 「絮(じょ)」を「わた」と読めば分かり易いです。
そして、この人もたんぽぽの綿毛に想いを馳せています。
タンポポの 綿毛のように フワフワと
42キロの 旅に出る
高橋尚子選手
シドニーオリンピックのとき、女子マラソンの高橋尚子選手が詠んだ一首です。
水面下での並々ならぬ努力を続けてきても、本人にしかわからない重圧はあったと思われますが、でもこの歌からは、ただただ走ることへの喜びが「フワフワ」とともに伝わってきます。
高橋尚子選手はこのシドニーオリンピックで見事、優勝しました。
上皇后美智子様は、大地に最も近く咲くたんぽぽにまなざしを向けられ、飛びゆく綿毛に想いを込めれれています。
たんぽぽの 綿毛を追ひて 遊びたる
遙かなる日の 野辺なつかしき
上皇后美智子様
(昭和62年御歌)
たんぽぽの綿毛
今、世の中は冷たい風に吹かれています。でも、未来を歩む子どもたちは不平を言わず、元気に過ごしています。綿毛が新しい大地に舞い降り、しっかりと根を張っていくように。
♪ あなたの胸の想いのように 心に咲いた花だから ♪