(157)芽ぐみの風

 

小雪がチラつく坂道で、ふと顔を上げると 木の枝につぼみがふくらんでいることに気づくことがあります。

 

  山の際(ま)に 雪は降りつつ しかずがに

   この河楊(かはやぎ)は 萌えにけるかも

       作者未詳

      万葉集 巻10-1848

 

(意訳)

山あいに雪が降り続いていますが、この ねこやなぎは、もう芽吹いていますよ。

※河楊(かはやぎ)は、ねこやなぎのことです。

 

 

ネコヤナギの芽吹き       奈良・馬見丘陵公園にて

 

 

  枝枝に 生命(いのち)満つるか 固き芽の

    春待つかたち みな空に向く

      美智子上皇后 (昭和45年の歌)

          (歌集『ゆふすげ』)

 

昨年一月、美智子上皇后さまの未発表短歌466首を収録した歌集「ゆふすげ」が発行されました。

上掲の『生命』もその一首です。

 

歌集「ゆふすげ」には、阪神淡路大震災や東日本大震災などで被災された人々に、いつも寄り添ってこられた美智子上皇后さまの想いも詰まっています。

 

平成26年には「復興」と詞書された一首があります。

 

  帰り得ぬ 故郷(ふるさと)を持つ 人らありて

    何もて復興と 云ふやを知らず

      美智子上皇后 (平成26年の歌)

          (歌集『ゆふすげ』)

 

 

東日本大震災で、家ばかりか故郷からも遠く離れて暮らす人々の声を代弁されたような気配が漂っています。

 

歌集「ゆふすげ」の巻末には、歌人・永田和宏氏の解説が記載されていますが、その一節では次のように記載されています。

 

『被災後、二年、三年を経ると、新聞やテレビ、政府も

できるだけ「復興」という言葉を使って、被災地がその

打撃から順調な回復を遂げていることを強調するよう

になります。人々を元気づけるために必要な姿勢では

ありますが、美智子さまのこの一首は、そのような「復

興」という言葉の安易な使用に対して、鋭く警鐘を鳴ら

すものともなっています。原発事故の影響も含めて、

 故郷に帰ることのできないこれだけ多くの人がいるなか

 で、何をもって「復興」と言えるのだろうかと、強い疑問を

     呈しているのがこの一首なのです。』

 

お立場を考えれば、ギリギリのところを鋭く訴えられた一首のように思えます。

 

 

ニッコウキスゲの花       六甲高山植物園にて

          ※ゆふすげの一種

 


 

その昔、人々に慈愛あふれる救済事業に取り組んでこられた皇后さまがおられました。奈良時代 聖武天皇の后・光明皇后です。

 

723年(養老7年)、光明皇后が奈良の興福寺に悲田院と施薬院を創設された記録が今に残っています。

悲田院は貧しい人や孤児を宿泊させたり、援助するために設置された施設で、現代の養護施設に近いものでした。

施薬院は貧しい病人や孤児の治療、施薬を行うために設置された施設でした。現代の病院あるいは療養施設に近いもので、諸国から提供された薬草を無償で患者に施していたと云われます。
 

 奈良・法華寺の「からふろ(浴室)」 

 

奈良の法華寺には、光明皇后の発願により建てられた「浴室(からふろ)」が遺っていますが、こんな逸話も伝えられています。

 

『光明皇后の千人施浴』

 

  ある日、皇后が仏さまに祈っていおられると、不思議な声

  が聞こえました。

  「人々のために風呂を造り、千人のからだを洗いなさい」

  その声をおつげと思った皇后は大きな蒸し風呂を造りまし

  た。身分の区別なく誰でも入れるこの風呂に多くの人々が

  集まりました。
  お付きのものたちはとめましたが、皇后はききいれず、風

  呂場に入り、人々のからだを丁寧に洗われました。

 

  やがてその数が999人になり、最後に入ってきたのは、病 

  気でからだじゅうが膿んでいる老人でした。皇后はやさしく

  手をかけ、背中を洗いはじめました。すると老人がいいま

  した。「このからだの膿みを吸い取って下さる方があったら、

  必ず病気は治ると医者がいいます。皇后さまにおすがりし

  ようとやってまいりました」。

  さすがの皇后も驚きましたが、しかし何事も困っている人々

  のためと心にきめ、「病気を治せるなら喜んでいたしましょう」

  とおっしゃると、うみを吸いとられました。すると、どうでしょう。

  老人の体はまばゆい金色の光に包まれた阿閦如来(あしゅく

   にょらい)の姿に変わり、天に昇っていきました。

 

希望の一輪    奈良・法華寺にて

 

朝廷の政務が停止されるほどの疫病が蔓延した長い暗やみの時代、貧窮者の救済にあたった光明皇后は、春を呼ぶ芽吹きのように、人々にとって希望の光だったのです。

 

 

    吾背子と 二人見ませば 幾許(いくばく)

       この降る雪の 嬉(うれ)しからまし

             光明皇后

             (万葉集 巻8-1658)

 

(意訳)

この美しく降った雪を、二人で眺めることができましたら、どんなにか嬉しいことだったでしょう

 

 

希望の雪白(白バラ)    須磨離宮にて

※白バラ(プリンセス・オブ・ウエールズ)の花言葉は「希望」

 

 

厳しい寒さの中、枯れたように見える枝の先にふくらむ「芽」は、やがて来る心地よい風を予感させ、希望の光を灯してくれます

 

寒さの中でふくらむ「芽」を見かけると、思い浮かべる詩の一節があります。

 

    春の枝に花あり

    夏の枝に葉あり

    秋の枝に果あり

    冬の枝に慰(なぐさめ)あり

 

明治の思想家・内村鑑三の詩です。

 

冬の枝は、「春の枝の花」や「夏の枝の葉」や「秋の枝の果実」と違って、何もなく何の役割もないように見えます。

でも、そんな冬の枝も、小さな芽が寒さに耐えて春を待っているのです。

 

辛い時こそ「いたわり」の心、春遠からじです。

 

 

 

芽ぐむ桜          明石海峡公園にて