京都大学交響楽団 第212回定期 西本智実 チャイコフスキー 交響曲第5番 ほか | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

京都大学交響楽団

第212回定期演奏会

 

【日時】

2022年12月16日(金) 開演 19:00 (開場 18:00)

 

【会場】

京都コンサートホール 大ホール

 

【演奏】

指揮:西本智実

管弦楽:京都大学交響楽団

(コンサートマスター:野口徹)

 

【プログラム】

シベリウス:交響詩「フィンランディア」 Op.26

モーツァルト:交響曲 第31番 ニ長調 KV 297(300a) 「パリ」

チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 Op.64

 

 

 

 

 

京都大学交響楽団の定期演奏会を何年かぶりに聴きに行った。

アマチュアオーケストラながらこれまで長い伝統を持ち、朝比奈隆など大御所指揮者の客演を実現してきた同オーケストラだが、今回ついに西本智実が客演することとなったのだ。

古今の日本の指揮者で最も偉大な人物は、鈴木雅明と並んで西本智実だと(勝手に)考えている私としては、これは絶対に聴き逃せない機会であった。

大指揮者がアマオケを振るというのは、指揮の魔術に触れる絶好のチャンスである。

 

 

 

 

 

最初の曲は、シベリウスの交響詩「フィンランディア」。

この曲で私の好きな録音は

 

●ベルグルンド指揮 ボーンマス響 1972年セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube

 

あたりである。

北欧の柔らかい空気と、輝かしい勝利のファンファーレとを兼ね備えた演奏としては、今のところこれが一番だと思う。

 

 

今回の西本智実&京大オケの演奏は、さすがに北欧の空気感はなかったけれど、十分な重みと迫力があって、聴き手の心をぐっとつかむ良い演奏会の幕開けとなった。

 

 

 

 

 

次の曲は、モーツァルトの交響曲第31番「パリ」。

この曲で私の好きな録音は

 

●アバド指揮 ベルリン・フィル 1992年3月13-15日セッション盤(Apple MusicCD

●カンブルラン指揮 バーデン=バーデン・フライブルクSWR響 1999年7月22-24日セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube123

 

あたりである。

前者は色彩感、後者は透明感と持ち味は異なるが、ともに優美で軽やか、典型的なモーツァルト演奏である。

 

 

今回の西本智実&京大オケの演奏は、小編成の曲だけあって個々の技量が目立ちやすく、さすがにプロオケや音大生オケとは比べられないが、それでもかなりよくまとまっていた。

第1楽章および終楽章のコデッタの力強さが印象的。

終楽章冒頭のヴァイオリンによる主題も清澄で美しかった。

西本智実が振ると、優美なロココ作曲家の曲ではなく、ベートーヴェンの交響曲第7番あたりを指し示すような、活力みなぎる曲になるのが面白い。

大変に聴きごたえがあった。

 

 

 

 

 

休憩を挟んで、最後の曲は、チャイコフスキーの交響曲第5番。

この曲で私の好きな録音は

 

●メンゲルベルク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管 1928年5月10日セッション盤(CD

●ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィル 1960年11月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

●ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管 1974年9月セッション盤(NMLApple MusicCDYouTube1234

●西本智実指揮 スヴェトラーノフ記念ロシア国立響 2011年2月7-11日セッション盤(CD

●西本智実指揮 スヴェトラーノフ記念ロシア国立響 2018年6月28日?モスクワライヴ(動画

 

あたりである。

つまり、西本智実の得意曲というわけである。

新旧のコンセルトヘボウ管の美音を引き出したメンゲルベルク盤とハイティンク盤(前者は派手、後者は地味だが)、カミソリのような切れ味のムラヴィンスキー盤、これらともまた違った西本智実のアプローチは、重厚でドラマティックな、この曲に最もふさわしい解釈だと私には思われる。

以前に彼女の実演も聴いたが、忘れがたい名演だった(その記事はこちら)。

 

 

さて、今回の西本智実&京大オケの演奏は、どうだったか。

聴いてみると、とんでもない名演であった。

伝統あるアマオケとはいえ、一人一人は20歳になるかならないかの若者、それも勉学の片手間にやっているはずのクラブ活動である。

そんな彼らが、西本智実の指揮棒に必死に食らいついて、凄まじい演奏をなしとげた。

充実した厚みを持つ低弦、ロマンティックに歌い上げるヴァイオリン、迫力に満ちながらも派手すぎることのない引き締まった金管。

ティンパニも、言い過ぎを恐れずにいえば、フルトヴェングラー時代のベルリン・フィルのアウグスト・ローゼかヴェルナー・テーリヒェンか、と見紛うような暗い情熱の表現が聴かれた。

各奏者の疵は多少あるし、洗練された演奏というのとは違うのだけれど、演奏全体が一つの壮大なドラマを表現しつくしており、アマオケだからといって芋っぽいところが微塵もない、きわめて完成度の高い、圧倒的な演奏だった。

きっと多忙ななか必死に練習し全力で取り組んだのであろう若い団員たちにとって、青春のひとこまの思い出としてこれ以上のものがあるだろうか。

 

 

 

 

 

大指揮者が振るアマオケの演奏と、並の指揮者が振る超一流のオケの演奏と、どちらが良いか、という命題が以前からある。

私は、断然前者派である、ということを今回改めて確信した。

楽器も同じ、奏者も同じ、ただ前に立って棒を振る人が変わるだけで、音楽がもう全然違ってきてしまう。

これは、科学によって全てが説明される現代において、未だ残された世界の七不思議の一つだと私は思う。

西本智実の手になる音楽マジック、存分に堪能させてもらった。

それが配信で伝わるかどうかは分からないが、12月20日までの期間限定有料配信もあるようなので、興味のある方はどうぞ。 → こちらのサイト

 

 

 

(画像はこちらのページよりお借りしました)

 

 


音楽(クラシック) ブログランキングへ

↑ ブログランキングに参加しています。もしよろしければ、クリックお願いいたします。

 

YouTube(こちら)やTwitter(こちら)もよろしければぜひ!