(ブーレーズ指揮N響の「トリスタンとイゾルデ」バイロイト引越し大阪公演音源が初正規発売) | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

今回は演奏会の感想ではなく、別の話題を。

数年前、バーンスタインの「トリスタンとイゾルデ」(演奏会形式)の歴史的映像がBlu-rayとして正規発売された際、喜び勇んで記事を書いた(その記事はこちら)。

今回、それ以来の「トリスタン」大物音源の発売である。

 

 

1967年に大阪のフェスティバルホールで行われた、ブーレーズ&N響によるヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」のバイロイト引越し公演は、伝説的な演奏としてこれまで映像や音源がYouTube等に出回っていた。

それが今回、良好な音質の正規音源が初めて発売された(CD)。

詳細は以下の通り。

 

 

 

 

 

 

 

これほど凄いオペラ上演が50年以上も前に行なわれていた!
ブーレーズ唯一の『トリスタンとイゾルデ』がついに登場!


ブーレーズ唯一の「トリスタンとイゾルデ」録音。というより後にも先にもブーレーズ生涯ただ一度の上演で、文化遺産に値するお宝です。
 1967年の大阪国際フェスティバルで、ブーレーズの指揮、バイロイトからの引越し公演でワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』が上演され、当時の日本音楽界の大きな話題となりました。ヴィーラント・ワーグナーの演出、ヴィントガッセン、ニルソン、ホッターら最高の歌手陣、NHK交響楽団という豪華キャストによる今日の感覚からも空前絶後の公演音源が初登場となります。
 フェスティバルホールをバイロイト祝祭劇場風に改造までして、非常に高額な入場料も話題となりましたが、聴衆を1963年のベルリン・ドイツ・オペラによる本邦初演以上の感動に巻き込んだとされます。そのスタッフたちの熱意、聴衆の真剣な姿勢と強い緊張感が半世紀以上を経てもまざまざと伝わってきます。
 解説書は当時の記事、ブーレーズを含む出演者のインタビューなどを多数掲載。資料としても価値があります。
 お聴き苦しい箇所がございますが、マスターテープ劣化に起因するものです。予めご了承ください。(販売元情報)

*歌詞対訳はご購入者のみ販売元のホームページで閲覧、ダウンロードできるとのことです。詳細は商品のブックレットをご覧ください。(HMV)

 

【収録情報】
● ワーグナー:『トリスタンとイゾルデ』全曲


 トリスタン:ヴォルフガング・ヴィントガッセン(テノール)
 イゾルデ:ビルギット・ニルソン(ソプラノ)
 国王マルケ:ハンス・ホッター(バス・バリトン)
 クルヴェナール:フランス・アンダーソン(バス)
 ブランゲーネ:ヘルタ・テッパー(アルト)
 メロート:セバスチャン・ファイアジンガー(テノール)
 牧童、若い船乗り:ゲオルク・パスクーダ(テノール)
 舵手:ゲルト・ニーンシュテット(バス)
 大阪国際フェスティバル合唱団
 NHK交響楽団
 ピエール・ブーレーズ(指揮)

 録音時期:1967年4月10日
 録音場所:大阪、フェスティバルホール
 録音方式:ステレオ(ライヴ)
 1967年大阪国際フェスティバルに於けるバイロイト・ワーグナー・フェスティバル・ライヴ

 

 

 

 

 

以上、HMVのサイトより引用した(引用元のページはこちら)。

 

 

ヴァーグナーの「トリスタンとイゾルデ」で私の好きな録音は

 

●フルトヴェングラー指揮 バイロイト祝祭管 1931年8月18日バイロイトライヴ盤(YouTube) ※抜粋

●フルトヴェングラー指揮 ウィーン国立歌劇場管 1941年12月25日、1943年1月2日ウィーンライヴ盤(CD) ※抜粋

●フルトヴェングラー指揮 ベルリン国立歌劇場管 1947年10月3日ベルリンライヴ盤(CD) ※第2、3幕のみ

●フルトヴェングラー指揮 フィルハーモニア管 1952年6月10-22日セッション盤(NMLApple MusicCD) ※全曲

 

あたりである。

 

 

つまり、この曲ではフルトヴェングラーの演奏が群を抜いている。

他の演奏ももちろん良いのだが、フルトヴェングラーを聴いてしまった後では、かっちりしすぎたベーム、引きずるような足取りのカラヤン、表現の変化が極端なバーンスタイン、ノリの軽いC.クライバー、といずれも少しずつ違和感を覚えてしまう。

それほど、フルトヴェングラーのこの曲の演奏は圧倒的である。

 

 

しかし、今回のブーレーズ&N響、これは素晴らしい。

フルトヴェングラーの重いロマンティシズムとは全く対極の、さらりと冷静な、音と音の響き合いに神経を行き届かせた演奏。

1850年代において、ヴァーグナーがいかに周囲の他の作曲家たちとは隔絶した、きわめて進歩的な和声感覚を身につけていたか。

それをよくよく分からせてくれる。

 

 

後年のブーレーズのバイロイト録音「パルジファル」「ニーベルングの指環」よりは完成度がやや劣るし、第2幕にカットがあるのも惜しい。

それでも、これまで出回っていたものより格段に音質向上したステレオ音源で、「トリスタン」の極上の和声を存分に堪能できること。

また、往年の名歌手が勢ぞろい、殊に名バス歌手ハンス・ホッターの歌うマルケ王が聴けるおそらく唯一の音源であること。

これらを考慮すると、総合的には上記フルトヴェングラーに並ぶ盤として挙げていいように思う。

 

 

 

 

 

なお、当CDの解説書には当時の論評やインタビューが記載されており、なかなか面白い。

ブーレーズは、当時は作曲家として有名だったが、指揮者としての評価は高くなかったようである。

歌手たちや演出家ヴィーラント・ヴァーグナーが高く評価される一方、ブーレーズは、諸井誠には「《トリスタン》のプレリュードの貧弱なひびきは、かえすがえすも残念であった」と書かれ、N響の団員には「彼のタクトは演奏しにくい」と言われ、散々である。

 

 

また、ここに記載はないが、このとき歌手たちも「ブーレーズはヴァーグナーを振ったことがほとんどなかったから、私たちが色々教えてあげたのよ」というようなことを言ったという。

とはいえブーレーズはブーレーズで、「私は頑固者だが、相手の言うことをよく聞く方だ。芸術的な根本問題については、あくまでスジを通すが、たとえばこんなに声が続かないといった技術的な点では、歌いよいようにしてやる」と言っているから、お互い上から目線である(笑)。

 

 

それが現代では、上のHMVの解説文にあるように、“ブーレーズ唯一の「トリスタンとイゾルデ」録音。というより後にも先にもブーレーズ生涯ただ一度の上演で、文化遺産に値するお宝です”と、何よりもまずブーレーズの録音として紹介されるという、評価の180度転換が面白い。

この大阪公演で、もし1年前のバイロイト公演のようにベームが振っていたら、諸井誠もN響団員も歌手もみな喜んだだろうが、現代において音源が発売されることはなかったかもしれない(ベームにはすでにバイロイト録音があるため)。

ブーレーズに(半ば強引に)ヴァーグナーを振らせたのはヴィーラントだったようで、その点だけでもヴィーラントの功績は大きいと思う。

 

 

それにしても、この大阪公演は、バイロイト海外引越し公演としては史上初だったようである。

その後、海外引越し公演としては1989年9月に東京のオーチャードホールでシノーポリ指揮で「タンホイザー」などが上演されたが、それ以外には行われていないという。

きわめて貴重な機会だったといえるだろう。

1967年の大阪は元気一杯、伸び盛りの都市で、この数年後には(京阪神のくくりで)東京、ニューヨークに次ぐ世界第3位の人口を誇った。

超一流の指揮者と歌手をそろえたバイロイト公演が日本に来る、それも東京でなく大阪に来る、こんなことは今後もうないかもしれない。

 

 


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