METライブビューイング2019-20
ベルク「ヴォツェック」
【劇場公開日】
2020年2月28日
【解説】
ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(MET)で上演される最新オペラ公演を映画館で上映する「METライブビューイング」2019~20シーズンの第5作。精緻で透き通った音楽で社会の歪みをあぶり出したベルクの傑作を、ビジュアルアート界の巨匠ウィリアム・ケントリッジの演出で描く「ヴォツェック」(2020年1月11日上演)を収録。19世紀初頭のドイツ。貧困に喘ぐ兵士ヴォツェックは妻マリーと子どもを養うため、医師による人体実験のモルモットになっている。生活苦に疲れたマリーは鼓手長の誘いに乗り、夫を裏切ってしまう。妻の不倫に気づいたヴォツェックは、酒場で踊るマリーと鼓手長を目撃し、彼女に殺意を抱く。鼓手長はマリーとの関係を自慢し、ヴォツェックに暴力を振るう。不倫を後悔するマリーだったが、ヴォツェックは彼女を森へ連れ出し……。
【スタッフ・キャスト】
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
管弦楽:メトロポリタン歌劇場管弦楽団
演出:ウィリアム・ケントリッジ
作曲:アルバン・ベルク
出演
ヴォツェック:ペーター・マッテイ(バリトン)
マリー:エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー(ソプラノ)
鼓手長:クリストファー・ヴェントリス(テノール)
大尉:ゲルハルト・ジーゲル(テノール)
医者:クリスチャン・ヴァン・ホーン(バスバリトン)
【作品データ】
製作年:2020年
製作国:アメリカ
配給:松竹
上映時間:114分
MET上演日:2020年1月11日
言語:ドイツ語(日本語字幕付き)
以上、映画.comのサイトより引用した(引用元のページはこちら)。
ニューヨークのメトロポリタン歌劇場のオペラ公演を録画し、映画として全世界で公開するシリーズ、METライブビューイング。
今回は好きな指揮者、ヤニク・ネゼ=セガンの振るベルクの「ヴォツェック」とのことで、楽しみに観に行った。
ベルクの「ヴォツェック」で私の好きな録音は
●E.クライバー指揮 コヴェントガーデン王立歌劇場管 1953年5月25日ロンドンライヴ盤(NML/Apple Music) ※英語歌唱
●ブーレーズ指揮 パリ・オペラ座管 1966年セッション盤(Apple Music/CD)
●クルレンツィス指揮 ボリショイ歌劇場管 2010年11月モスクワライヴ盤(DVD)
あたりである。
初演者エーリヒ・クライバーによる、初演当時のベルリンの「黄金の20年代」の息吹を彷彿させる凄演(なおこの録音自体は後年の再演)。
前衛音楽のスペシャリストたるブーレーズによる、曲の構造を隅々まで照らした明晰でクリアな美演。
現代のマエストロたるクルレンツィスによる、今風に極度に洗練された、かつ曲に新たな生命を吹き込んだかのような鮮烈な怪演(そしてクルレンツィスが若い! トレーラー映像はこちら)。
「ヴォツェック」はこれらモニュメンタルな名盤に恵まれた、幸福なオペラといえる。
今回のネゼ=セガン&メトロポリタン歌劇場管の演奏は、細部まで洗練された、上記3盤の中ではクルレンツィス盤に近いものだった。
ただ、モーツァルトの「フィガロ」「ドン・ジョヴァンニ」「コジ」などでもそうなのだが、ことオペラとなるとクルレンツィスは本当にすごくて、一音一音、ワンフレーズワンフレーズ、そして歌手の一声一声にいたるまで、実に生き生きとした音楽の脈動が聴かれる。
この「ヴォツェック」でも、ヴォツェックのすさまじいまでの狂気が音楽によって存分に描かれる。
その強いインパクトと比べてしまうと、今回のネゼ=セガンの演奏はやや「まともすぎる」面はあったかもしれない。
とはいえ、十分によく練られた演奏であった。
例えば第2幕第4場、酒場の場面では、猥雑な音楽(意図的にそう作曲されたのだが)がきわめて精緻に表現されていく。
舞台上の粗野なバンドのクラリネットさえ、驚くほどデリケートな演奏を聴かせていた。
ネゼ=セガンにはマーラー録音もいくつかあり名盤となっているが、彼の演奏の神経質なまでの精緻さは、ドイツ・ロマン派音楽のなれの果てともいうべきマーラーやベルクの音楽特有の「病的なまでのこだわり」を表現するのに、大変ふさわしい。
また、彼の演奏は繊細なだけでなく、劇的でもあった。
演出家ケントリッジによる冒頭のインタビューでも言及されていた、第3幕第2場でマリーの死後に鳴らされる、2つの衝撃的な最強音。
あるいは、第3幕第4場から第5場にかけての間奏、ヴォツェックの死を表すこの部分の壮絶さ。
こういったところは、クルレンツィス盤にもゆめゆめ劣らぬパワーだった。
↑ ブログランキングに参加しています。もしよろしければ、クリックお願いいたします。