藤田真央 愛知公演 モーツァルト ピアノ・ソナタ第10番 ショパン バラード第4番 ほか | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

幸田町民会館

ハッピネス・ヒル ワンコインコンサート Vol,49

 

【日時】

2019年10月22日(火・祝) 開演 11:30 (開場 11:00)

 

【会場】

幸田町民会館 さくらホール (愛知)

 

【演奏】

ピアノ:藤田真央

 

【プログラム】

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第10番 ハ長調 K.330

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第17番 ニ短調 op.31-2 「テンペスト」

リスト:ウィーンの夜会 第6番 S.427/6

ショパン:バラード 第4番 ヘ短調 op.52

 

※アンコール

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K.310 より 第3楽章

モーツァルト/ヴォロドス:トルコ行進曲

 

 

 

 

 

好きなピアニスト、藤田真央の演奏を一度生で聴いてみたくて、色々なリサイタルを調べてみるもほとんど完売。

そんな中、この幸田町のリサイタルは、予約不可で当日券のみの販売であることを知り、急遽行ってきた。

幸田町に行くのは初めてだが、のどかなところで、最寄り駅からの距離もけっこうあり、2年前にクレア・フアンチを聴きに出かけた千葉県の多古町を思い出す(その記事はこちら)。

ただ、ホールのピアノは多古町と違ってスタインウェイで、音色も上質だった。

そんなのどかなところにあるコンサートホールに、開場前から長蛇の列。

ホールも、ワンコインコンサートが毎回行われる400席の「つばきホール」から、今回だけ特別、1000席の「さくらホール」に変更されたとのことだった。

その「さくらホール」もほぼ満席。

すごい人気である。

 

 

舞台に出てきた彼は、想像していたよりも身体が大きく、何だか存在感があった。

拍手が終わらぬ間に弾き始めた最初の曲は、モーツァルトのピアノ・ソナタ第10番。

チャイコフスキー国際コンクールの1次審査で彼がこの曲を弾くのをネット配信で聴いて感動したので(その記事はこちら)、一度生で聴いてみたかったのだ。

実際、期待通りの美しい演奏だった。

この曲で私の好きな録音は、

 

●ヘブラー(Pf) 1963年9月セッション盤(Apple MusicCD

●ピリス(Pf) 1974年1-2月セッション盤(Apple MusicCD

●シフ(Pf) 1980年セッション盤(Apple MusicCD

●井上直幸(Pf) 1981年11月セッション盤(Apple MusicCD

●藤田真央(Pf) 2019年6月19日チャイコフスキーコンクールライヴ(動画

 

あたりなのだが、藤田真央の演奏は他の4人と比べるとかなりロマン的なアプローチである。

私の思うモーツァルトの様式感とは幾分異なっているのだが、それでも彼の演奏は、モーツァルト以外の何物でもない。

彼の天性の明るい音色と晴れやかな歌心が、聴き手にそう感じさせるのだろう。

速いパッセージであっても、音の隅々まで天使のような朗らかな歌に満ち満ちており、またそれぞれの音は驚くほどきれいに粒が揃えられている。

繰り返しの部分で絶妙なルバートをかけたりデュナーミクを変えたりといった工夫が多いのも、心憎い。

遊び心にあふれ、気が利いている。

様式感がどうあろうと、精神はモーツァルトそのものである。

 

 

次の曲は、ベートーヴェンの「テンペスト」ソナタ。

この曲で私の好きな録音は、

 

●リヒテル(Pf) 1961年セッション盤(NMLApple MusicCD

●ゴルラッチ(Pf) 2013年7月4-6日セッション盤(NMLApple MusicCD

 

あたりである。

この2盤に比べると、藤田真央の演奏は柔らかで、あまりベートーヴェンらしく聴こえない。

それでも本当に美しくて、完成度も高く、文句はつけられない。

特に、第2楽章がこんなにも歌にあふれた音楽であったことに初めて気づかされた。

 

 

休憩をはさんで、次の曲はリストの「ウィーンの夜会」第6番。

この曲で私の好きな録音は、

 

●パデレフスキ(Pf) 1931年ピアノロール盤(NMLApple MusicCD

 

あたりである。

この曲はシューベルトのワルツをもとに作られたパラフレーズ曲だが、シューベルトの原曲がそもそも美しいエンハーモニック転調を持っているところに、リストがさらに華やかな、ロマン的な憧憬に満ちた和声進行を足している。

リストのリハーモナイズ能力の真骨頂である。

この曲は、「ラ・カンパネラ」「ドン・ジョヴァンニの回想」などとともに、美しい原曲をいかにしてさらに美しくしうるか、リストがどれほど豊富なイマジネーションをもって即興演奏をしていたかを垣間見られる好例となっている。

これほどの美しさ、バックハウスでもホロヴィッツでもキーシンでも完全には満足できないこの曲の滴るようなロマン性を、今回、藤田真央は十二分に引き出してくれた。

上記のパデレフスキほど表情付けは濃くないが、負けず劣らずロマンティック。

どのフレーズも、全てが本当によく歌われている。

分厚い和音であっても、メロディラインがきちんと分離し浮き立たせられ、かつそれがとてつもなく美しい音となっている。

細かな装飾風パッセージにおけるタッチコントロールもきわめてデリケートで、さざ波か何かのよう。

明るく華やかで気品のあるウィーンのサロンそのもののような演奏だった。

決して悲しい音楽ではなく、むしろこの上なく明るいのに、あまりに洗練された美しさに涙してしまう。

この演奏を評するに、宇野功芳ではないが、「絶美」としか言いようがない。

 

 

最後の曲は、ショパンのバラード第4番。

この曲で私の好きな録音は、

 

●中川真耶加(Pf) 2015年10月ショパンコンクールライヴ(動画

 

あたりである。

今回の藤田真央の演奏は、もちろん大変に美しかったし、技巧的洗練度については中川真耶加にも勝るほどだったが、感動するというところまでには至らなかった。

何が足りないかというと、デモーニッシュな面である。

ショパンのバラードは、ソナタ風のかっちりした構成を持ちながらも、それを少し飛び越えて自由になり、叙事詩のような物語風の要素を持つようになった曲である。

演奏においては、構成面とドラマ性とのバランスが大事だと思う。

上記の中川真耶加はそのあたりが大変うまく、この曲のデモーニッシュな面を、ソナタ風にストレートにまとめ上げながらも十分に劇的に展開してくれる。

藤田真央は、そのあたりがもう一歩か。

とはいえ、第1主題や第2主題のメロディの歌わせ方はいつもながら素晴らしかったし、難しいコーダも余裕で弾いていてすごかった。

 

 

なお、終演後(正確には最後のアンコール曲の前)に藤田真央のトークがあった。

とても愉快なトークだったので、今回行けなかったファンの方々のために、ここに概要を記しておきたい。

 

「今回のプログラムは、モーツァルトのソナタを軸にして、ベートーヴェン、ショパンと正統的な曲を選びました。リストの「ウィーンの夜会」はおちゃらけましたけどね」

 

「チャイコフスキー国際コンクールは、1300人の応募があって、そのうち1次審査に出場できたのは25人でした。1300人中25人ですよ? ジャニーズか!ってね」

 

「チャイコフスキー国際コンクールのときに初めてロシアに行ったのですが、みんな暗い顔をした何もない国かと思っていたら、全然そんなことはなくて、コンクール専用のバッグを持っていると知らない人たちがたくさん絡んでくれました、嬉しかったです」

 

「チャイコフスキー国際コンクールでは2位でしたが、発表後に会場の外に出るとたくさんの人に囲まれ、中にはスレンダーなロシアの美女もいて、私はあなたの演奏が一番だと思った、アイラヴユー、と言われ、これはいかんなぁと思いました」

 

「今は20歳で、東京音大に通い、普通に皆と授業を受けています。一昨日は長野でコンサート、今日はここでコンサートですが、昨日は大学で朝からピアノ音楽史の授業を受けました。チャイコフスキー国際コンクールから帰ったときは、初日は大学で皆に振り向かれたんですが、翌日からはいつも通りでした」

 

「3歳でピアノを始めました。2歳上の兄の影響です。練習は当初は1日2~3時間でしたが、今は1日10時間しています。皆さんの前で演奏するのって、やっぱり怖いんですよ。いつ指が分からなくなるかもしれないので、練習で120%の力が出せるようにしていると、自然に10時間くらいたってしまいますね」

 

「ピアノをやめたいと思ったことはないです。もしやめたいと思ったら、とっくにやめていますね、私の場合。今後ももしやめたくなったら、やめると思います。それは困る、と事務所には言われていますけどね。ピアノを嫌いにならないで、と」

 

「ピアノがやめたくなったら、いつでもやめたらいいんですよ。嫌いなピアノを練習するなんて拷問ですよ。やりたいことが見つかったら、それをやればいいんです。将来子供ができたらそう言おうと思っています。パパかっこいい、って言われたいですしね」

 

「蜜蜂と遠雷の鈴鹿央士さんは、私が弾いている間、ホールの最前列で私の一挙手一投足を凝視して熱心に研究していましたね。役者さんって大変な仕事だと思いました。とエラそうに言いましたけど、まだ映画は観ていません。5月くらいに試写会もありましたけど、観に行きませんでした。飛行機の中とかで観られたらなと思っています」

 

「幸田町は、来てみると辺り一面の田んぼ。その中に急に近代的なコンサートホールが出現して、びっくりしました。隣にプールもあって、大きな滑り台もあって。田んぼは稲刈りが終わっていて、台風の影響を受けなかったことが嬉しいです。ぜひまた来たいです」

 

「モーツァルト/ヴォロドスのトルコ行進曲、普段は全然弾かないんですよ、爪がボロボロになるから。でもさっき久しぶりに練習してみたら、案外弾けました。今日は皆さんのために、諸刃の剣を提供しようと思います」

 

以上である。

あの美しかった「ウィーンの夜会」が、おちゃらけとは…。

 

 

 

(画像はこちらのページよりお借りしました)

 

 


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