イルミナートバレエ 西本智実 チャイコフスキー「くるみ割り人形」全2幕 | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

西本智実 芸術監督 演出・指揮

幻想物語 バレエ「くるみ割り人形」全2幕

 
【日程】

2016/8/16[火] 19:00開演
 

【会場】

フェスティバルホール

 

【演奏】

[演出・指揮] 西本智実(芸術監督)
[出演] イルミナートバレエ

 マリー:小田綾香

 くるみ割り人形:グリゴリー・バリノフ

 雪の女王:竹中優花

 こんぺい糖 ドラジェ:西田佑子

 ドロッセルマイヤーの甥:吉田旭

 ドロッセルマイヤー:法村圭緒
[演奏] イルミナートフィルハーモニーオーケストラ
[振付] 大力小百合 / 玄玲奈
 

 

 

 

 

西本智実の演奏を初めて知ったのは、実はこの「くるみ割り人形」だった。

この曲の全曲盤のCDを探していろいろと試聴していたら、西本智実&日本フィル盤に出会った。

チャイコフスキー晩年のきわめて洗練されたロマン、メルヒェンを最も自然に、美しく、香り高く表現していると感じたのは、ラトル盤でもドラティ盤でもデュトワ盤でもなく、この西本智実盤であった。

それからというもの、私は彼女のCDやDVDを集め、コンサートに行って、その演奏のすばらしさに毎度感嘆しているのだが、今回は私にとって原点となる「くるみ割り人形」が聴けるということで、期待に大きく胸を膨らませた。


そしてその実演は、その大きな期待を全く裏切らない、とてもすばらしいものだった。

もちろん、ライヴだけあって、コンディションは完全とはいえない。

私の席は最前列だったのだが、客席からステージをみて右寄りの席で、金管楽器に近いため、弦よりも金管が前面に出るようなバランスになってしまった。

また、オーケストラはピットに入っているためか、ステージ上にオーケストラがいる普段のコンサートのときのような、音の芳醇な響きと広がりは得られなかった(もっと後方の席なら違って聴こえたかもしれないが)。

さらに、ピット内のオーケストラが横にかなり広がった配置になっているためか、ときどきアンサンブルのずれも聴かれた。

しかし、これらのような弾き手・聴き手双方の不利なコンディションは、この演奏会の感銘をほとんど減ずることがなかった。

これから何かワクワクするようなことが起こりそうと予感させるような、序曲。

凍えるように寒いクリスマスの夜に、とても暖かな暖炉、楽しいパーティ、親しい人たちとの団欒を思わせるような、第1幕の冒頭。

子供たちがかわいいダンスを披露する、行進曲。

その後も本当に美しい曲が次々とやってくるのだが、これらの曲々の魅力を余すところなく引き出す西本智実の手腕は、今回の演奏会でも遺憾なく発揮された。

数々の魅力的なメロディの歌わせ方は、豊かでありながらも濃厚すぎることなく実に端正で、バレーにも自然にフィットし、まさに曲のあるべき姿で演奏されているといった感触をもった。

弦のふくよかさ、そして金管の柔らかさ。

先ほど、座席の関係で金管が前面に出るようなバランスになってしまった旨を述べたが、それではその金管がやかましかったかというとそうではなく、本当に柔らかで充実した響きだったため、このバランスでも十分に感動できた。

これまでの演奏会でもそうだったが、なぜか西本智実が振ると、フォルテ(強音)でも騒々しくならず、弦・木管・金管が絶妙な柔らかさで調和する。

というとカンブルランに近いのかと思われるかもしれないが、そうではなくて、カンブルランよりももっと重心が低く、重厚で、かつエモーショナルな響きとなる。

アンダンテ(ねずみを倒したあとのクララとくるみ割り人形の踊り)や、アンダンテ・マエストーソ(こんぺい糖の精と王子のパ・ド・ドゥ)では、ロマンティックなメロディがピアノ(弱音)からフォルテ(強音)へと大きく盛り上がっていくのだが、こういった「感情の高まり」とでもいうような箇所において、これほどすっと心を打つような演奏は、西本智実以外に私は知らない。

チャイコフスキーの曲はよく「お涙頂戴」と表現されるが、実際に「お涙頂戴」風に演奏されると、大げさに聴こえて私の涙は引っ込んでしまう。

感情に任せて叫びすぎるのでなく、逆に斜に構えるのでもなく、端正でまっすぐな表現で、てらいもなく真摯に奏されてこそ、すっとまっすぐに聴き手の心を打つのである。

なお、同様の例を、同じチャイコフスキーの他の作品であるヴァイオリン協奏曲を五嶋みどりが奏した録音においても、聴くことができる。

あそこでも、真摯で求道的ともいえる表現が、曲の魅力を余すところなく引き出していた。

 

バレーそのものの良し悪しは、私にはよく分からないのだが、十分に満足できるものだったように思う。

また、今回の公演では演出も西本智実が行っており、ねずみが登場せずパーティの客の幽霊のような者たちが出てきたり、マリー(クララでもマーシャでもなく、マリーとなっている)に3つの試練が与えられたり(西本智実いわく、モーツァルト「魔笛」より影響を受けた演出とのこと)、特徴的な点がいくつかあった。

全体的に普段のくるみ割り人形とは異なる演出であるものの、なにぶんセリフとしては出てこないため、詳しいすじはよく分からなかった。

個性的とはいえ、安心して観られる範囲内の演出であり、良かった。


私にとって「真打ち」のくるみ割り人形実演に接することができて、本当に良かった。