大阪フィルハーモニー交響楽団 小林研一郎 3大交響曲の夕べ | 音と言葉と音楽家  ~クラシック音楽コンサート鑑賞記 in 関西~

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クラシック音楽の鑑賞日記や雑記です。
“たまにしか書かないけど日記”というタイトルでしたが、最近毎日のように書いているので変更しました。
敬愛する音楽評論家ロベルト・シューマン、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、吉田秀和の著作や翻訳に因んで名付けています。

3大交響曲の夕べ

 

【日時】

2016年8月7日(日) 17:00開演(16:00開場)

 

【会場】

フェスティバルホール

 

【演奏】

指揮:小林研一郎

管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団

 

【曲目】
シューベルト/交響曲第7番 ロ短調 「未完成」D.759
ベートーヴェン/交響曲第5番 ハ短調 「運命」作品67
ドヴォルザーク/交響曲第9番 ホ短調 「新世界より」作品95

 

 

 

 

 

小林研一郎の実演を聴くのは、今回が初めて。

録音では聴いたことがあるが、何とも表現が濃ゆくて洗練されない印象だった。

今回のコンサートを聴いても、その印象は概ね変わらない。

しかし、今回の演奏はかなり満足できるものだった。

時間の都合上、「運命」しか聴けなかったのだが、なかなかにパワフルな演奏だった。

フェスティバルホールは広めの会場であるため、マーラーなど後期ロマン派の大管弦楽曲は迫力が出しやすいのだが、ベートーヴェンあたりの時代の中規模編成の管弦楽曲はいまいち迫力が出にくい。

先日の大フィルによる「英雄」も、いい演奏ではあるのだが何となく迫力に欠ける印象だった。

しかし、今回の「運命」は違う。

小林がオーケストラに気合をみなぎらせ、ときには叫びをあげながら情熱的に演奏し、フェスティバルホールで聴いているとは思えない迫力あるベートーヴェンを聴くことができた。

編成が16型という最大編成であったことも大きい。

ひと昔前の巨匠たちの編成である。

ベートーヴェンの時代にはここまでの人数はいなかっただろうし、アカデミックな立場からは許容しがたいのかもしれないが、やはり現代の大ホールで奏するならこれくらいの人数が必要だと感じた。

小林の解釈も前時代の巨匠ふうなところがあり、例えば冒頭の運命の動機が奏され、その後第1主題が提示され、クレッシェンド(音量を大きく)していってフェルマータ(音の長さを延長)し一区切りするのだが、このフェルマータで彼はさらにクレッシェンドしていく。

もっと、もっとという感じで気合を込めるのである。

ここまでする人は前時代の巨匠たちの中にもなかなかおらず、ここまでされるとさすがにどんくさいというか、垢抜けない感じになる。

しかし、フォルテ(強音)は十分な迫力をもって気合を込めて鳴らされ、また曲のクライマックスへ向けてどんどん盛り上がっていき、ちゃんと「ベートーヴェンを聴いている」感じがある。

曲への思い入れがよく伝わってくるし、昨今流行のあまりにスマートで垢抜けた風通しの良いベートーヴェンに比べると、特に大ホールで聴く場合にはずっと大きな充実感があるのである。

少なくとも、これまでに聴いたフェスティバルホールでのベートーヴェンの中では一番良かったのではないかと思う。

彼の年末の第九演奏会も聴いてみたくなった。