6月13日
報告者:中川
消防、警察、自衛隊が、被災者の方々にとって「安全・安心の象徴」であるならば、私達グッドネーバーズは、その緑色のジャンパーが被災者の方々にとって、「何の象徴と成り得るのだろうか?」と自問自答しながら、ここ最近活動しています。
緑が目印!グッドネーバーズスタッフジャンパー
さて、今日は被災地にいる数多くの「おおちゃん」についてお話したいと思います。
おおちゃんはライアン隊員との「きずな」や岩手県の隊員さんの「手のちから」に背中を押されてか?幼稚園に通える日が増えてきました。しかし、まだママの側を離れる事ができず、園内でもずっとママと一緒です。
1~2名のお友達とは遊べますが、みんなと一緒にわいわいと遊ぶのが苦手になってしまったそうです。おうちでもお風呂もトイレもママに一緒について行くというおおちゃん。
心のケア・プロジェクトを通して震災後の子ども達の変化についてお話をよく聞きますが、おおちゃんは決して特別な例ではありません。被災地に実に多くの「おおちゃん」がいます。
ある保育園では、今まで園庭で遊ぶのが大好きだった5歳の男の子が、震災後、外で遊ぶことを異様に怖がるようになったと聞きました。
別の幼稚園では母親とお兄ちゃんを亡くした4歳の男の子が排泄のコントロールができなくなり紙オムツに戻ってしまったそうです。チック症 が出ている子どもや保育園のお迎えが一番最後になると、とても恐怖感を感じてしまう子どももいます。
これらの子ども達が、あの3月11日と言う日をどの様に過ごしたのか?園の先生方が話して下さるのを聞いていると、胸をぎゅっと鷲掴みされた様な痛みを感じ、息が苦しくなってしまいます。
ママと一緒に避難場所に指定されている神社に逃げたおおちゃん。鳥居をくぐって後ろをふり返ってみると、直ぐ後ろには真っ黒な波が押し寄せて来ていたそうです。
すぐにもっと高台へと避難しましたが、今度は火災が発生して、そこでは危ないと、また別の場所に避難。急勾配の獣道をその小さな体でドロドロになりながら手で這って山の上に逃げたそうです。火災のせいで間近で大きな花火が上がっているかのような轟音が響き渡り、大人たちは一様に今まで見せた事のない極度の緊張と不安な表情で叫び合っています。
やがて不安だけを残して夜の帳が降りました。おおちゃんを包み込んでいた安全な町が一瞬にして、轟音、怒鳴り声、漆黒の闇、混乱の世界へと変わってしまいました。
パパとも途中ではぐれてしまい、側にいるのはママだけ。そんな体験をしたおおちゃんの心が、ママから離れたくないと言っています。
おおちゃんが最初に避難した神社付近。津波が全てを奪ってしまいました。
おおちゃんが最初に避難した神社。鳥居まで津波が押し寄せました。
神社側から大槌町を眺めた様子。鳥居の脇にある灯籠は火災の為
熔けてしまっています。火の海がここまで来ました。
被災地の多くの「おおちゃん」が壮絶な体験をしています。「もう安全だよ」と周りの大人が声掛けをしてあげられれば良いのですが、復興の道を歩み始めたばかりの岩手県沿岸地区。大人たちも不安を胸に抱きながら、その1歩を踏み出そうとしています。
おおちゃんだけでなく、被災地の全ての方々が「もう安全だ」と思える日が早く来ることを祈り、今私達に出来ることは何かと考えながらプロジェクト・サイトへと続く瓦礫の道を車で走る毎日です。
心のケア・プロジェクト報告
(おおちゃんが暮らす地域で実施しています)