これは私の主観的な意見です。

 

真実と事実は同じか? こんなことを思いました。 というよりも私は以前より巷にある真実という言葉に違和感を感じていました。 ということで調べてみました。

私が読んだ解説によると、真実とは本当のこと、まことのこと、とありました。そして人それぞれに複数存在することもあるとありました。また、他者との関係性を前提に皆で共有できることで社会性を有する事柄を真実と言うともあります。そしてまた、個人的な範囲で他者と一致していなくても個人的な主観という範囲の合意で真実になることもあるが、他者との社会性の関係性の中で個人的な主観が許されない場合は真実とはならない。ということである。

 

では、事実とはなにかというと、実際に起こったこと、存在することと。と言うことです。

 

まぁ、違った意見もあるのかもしれませんが私は以上のこの説明をなるほどと思いました。

 

ようは真実は個人によって違う事もあり、また、共有していている社会の皆の解釈しだいであるわけだ。世の中でたまに聴く解釈の変更なるものでいくらでも変更可能でもありえるという事なのでは。 私はそう理解しました。

日ごろから○○の真実とか、真実のなんちゃら、という言葉に違和感というか嫌悪感を感じていた私にはなるほどねという感じでした。

まぁ、私もそうとうのあまのじゃくですが。

 

ならば単純に実際に起きていることである事実のほうが私は信用する。

そう思います。

 

そうなると相場には真実なるものは無いと私は認識します。

ようはそこには事実しかないのです。 もっと言えば、欲と恐怖でおのおのが勝手に見た真実に突き動かされて起こした結果の事実が存在していく。その繰り返しのような気がします。永遠に事実が続いていく。真実という幻実に突き動かされた者達の作りだした絶望が散乱して、事実を拾い続けた数パーセントの賢者が存在しているだけ、それが相場の世界のような気がするのです。

あくまでこれは私の勝手な理解です。

 

私が昔から好きな作家の塩野七生さんの本にあった一文です。

ユリウスカエサルが残した言葉だそうです。

 

「人間ならば誰にでも、現実の全てが見えるわけではない。多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない」

 

 

相場に限らず世の中全てがそうなのではないでしょうか。