はてさて。
一か月もブログをお休みしてしまった。
基本的にブログは自由とはいえ、本当に申し訳ない。
待っていてくださった方々、本当にありがとう。
5月。色んなことがあった。
まず、お陰様でまだ健在でいる郷里の両親が西日本の遠くから、水戸偕楽園のツツジを見に私が住む首都圏にやってきた。
妹、両親、私そろっての楽しい楽しい行楽だったが、そのぶんこのような時が再び訪れるのかどうか不安で、家に帰ってから少し涙した。
それは多分妹も両親も同じ気持ちだったろう。
「最後かもしれない」その思いは言葉に出さなくでも私たちの間に響いていた。
現在は比較的健康な両親にしても、何しろ47歳の私の親だ。3年後、5年後の約束をするには歳が行き過ぎている。
晴れ渡った空の下、家族4人で笑いあった数日間は、この先、幾度も夢に見るだろう。
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そして私と夫の間では、両親到着以前に決着をつけなければならないことがあった。
「君はもうライターの仕事をしないほうがいい」という約一か月以上前にあった夫からの通告である。
私は家事代行の仕事も厭わないし全力でやっている。短期バイトだって手を抜いたりはしない。まあ、必要以上に意気込むのも迷惑だろうから、おとなしくはしているが。
約一か月前、そんな仕事のひとつに、久しぶりにライターの仕事が来たのだ。私は時期的に重なるだろう別バイトを蹴って、ライター業を選ぼうとした。
そこで夫の件のセリフである。
「君はもうライターの仕事をしないほうがいい」
大ゲンカこそしなかった。
私が他のバイトを楽しげにこなす半面、ライター仕事の時こそパニックを起こしやすいことを私も夫もよくわかっていた。
私が苦しむ以上にそれを見る夫は心が痛んでいたようだ。
何とかライター仕事とバイトの両立着地点を見つけて現在に至るが、夫の言葉はトゲのように胸に刺さり続けていた。
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悲しかったのは、夫に信じてもらえなかったことだ。
私とて今すぐ華々しく再デビューできるなどとは思っていない。それでも私が生きていくにあたり「根本は書く人間でありたい」と願うのは、祈りのような、儚い北極星のような一縷の糸だった。
一生叶わなくても構わない。それを夢見て日々を送り、叶うなら良し、叶わなくても願い続けた自分を満足に思うだろう。
夫の言葉はその極北の星を諦めろと言われた気がしたのだ。
私は驚愕した。別個の人間であるから考え方が違うのは勿論だが、私の最も深部にあるソレを軽んじる人間に夫が変貌したのかと、私が彼をそういう人間だと知らなかったのかと、ともかく世界が震撼した。
彼の言うことは正しい。
だが正しいからといって私の極北の星を軽んじる感覚は共に生きる相手としては受け入れがたい。
クサいセリフで恐縮だが「世界中の誰もが無理だと言っても、君自身がそう望むなら僕はその願いを応援するし、成就することをただ一人になっても信じる」
そう言って欲しかった。
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5月、両親が到着する前日、私は離婚の覚悟もしながら、数ヶ月前のやり取りをもう一度検証したいと夫に願い出た。
件の言質からの期間はずいぶん空いていた。
私自身、確かに彼の言にも一理あることは理解できたし、それをじっくり咀嚼すべきだと思ったからだ。
一時の激情ではなく実際の自分とよく向き合い「極北の星」が単なる見栄や意地ではないかどうかを検証する必要があると考えた。
そして、両親が上京することが決まった。両親に、特に父に「大丈夫なのか?」と聞かれて笑顔で嘘をつける自信はなかった。
時が来た、と思った。
心は決まっていた。
私の極北の星は何度問い直しても消えなかった。
私たち夫婦は話し合い、ひとつの着地点を見た。夫は私の精神構造を哀れみを持ちながらも受け入れてくれた。
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そんな折、ひとつの歌詞に出会った。
「志は高く目標は低く」
これは現在、東京MXで放送中のアニメ「有頂天家族2」の主題歌にある一節だ。
私の極北の思いに夫も不承不承納得し、両親も郷里に帰ったあとの、たまたまの視聴だったが、私と夫は目を見交わした。
夫「これか」
私「これだね」
思わず手を取り合っていた。
私の「書く人間でありたい」というのは「志」だ。チャンスが巡ってくれば出来る限り頑張るが、それで再び心身を壊しては元も子もない。
目の前にあるのは「目標」だ。
書き物の仕事が無くとも、腐らずに日々の糧を得るためのバイトや仕事を淡々とこなす。体力と僅かばかりの家計の足しの為に。
何しろ「志」は常に極北に輝いているのだ。そのための力は穏やかな日常をもってキープしなければならない。
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私自身、ついこの間まで「志」と「目標」の区別がついていなかったように思う。
だから力を越える仕事の話にNOと言えなかった。そしてその度に没落した。
今はわかっている。
「目標」は「健康な日々をおくること」「できれば少しでも夫に侘しい思いをさせない為にチョビチョビと稼ぐこと」「でも嫌な仕事はしないこと」
「志」は「己が書く人間であることを疑わないこと」「手を、心を、感性を磨き続けること」
「職業として稼げる人になる」ことは運命に託すことにした。
まずは健やかに生きて、そして書くこと。
それを肝要とすることにした。
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ブラック企業時代の私を追い詰めた言葉のひとつであり、誰が言ったか定かではないが、この後に及んでもやはり心に響く一節がある。
「朝起きた時に 願いや志に向けて[今日そのための何かをやるぞ]と毎日毎日思い続けた人と、そうでない人の間には、やがて狼と羊ほどの差が生じる」
例え森の奥で朽ち果てる狼でも構わない。
だが願い続けることに意味がある。
遠い遠い極北の星に向かって吠え続けることに意味がある。
協調性と恭順に優れた夫は、そのような私の資質を本質的には共感できないと明言するが、ただこう言った。
「君は本当に何年経っても面白い人だねえ。でも僕は面白い人が傍にいると楽しいよ」
そんな風に、今日も我が夫婦は人間と狼のなりそこないコンビとして、長い旅路を歩いている。