6年前の今日、東日本大震災で被災された皆様。まだ諸々の傷痕が各所にお有りと存じます。
全ての方が1日も早く安心して快適に、より良くお過ごしになれることを心から祈っております。
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実際に被災された方々とは比べ物にならないが、私もあの震災がなければ人生は変わっていただろうと思う一人だ。
私は以前から抗うつ症状を患ってはいた。だが最終的なトラウマを刻んだ要因のひとつは、親会社が2011年春頃から唱え始めた呪文だった。
「震災で2011年度の出版計画が狂った」
「会社の今年の利益を守るには、その穴埋めが必須だ」
「だから、どんな四面楚歌の状況だろうと再計画された本は締め月の9月中に全て出版しなくてはならない」
そして、それに沿った引き返しのできない膨大な激務が私を襲った。
事業計画の件は親会社としては確かにそうだっただろう。だが工場を丸ごと失ったわけでも、それまでの土壌が使えなくなったわけでもない。そういう業種ではない。
私に上記の呪文を繰り返し浴びせた親会社の当時の責任者。9月末日に発売を間に合わせようとトラブルまみれの本を無理矢理進行させたのは、彼自身の面子の為だったと私は断じている。
実際、後に出版関係の知人に経緯を話したところ、ほぼ全員に「なおじ さんも馬鹿だねぇ。その一冊が出ようが出まいが、会社本体に大した影響はないよ。少し考えればわかることじゃない」と呆れられた。
扇動にのせられた私も相当に馬鹿だったが、あの責任者だけは来世まで絶対許さねえ !と誓っている。己の愚かさの相殺として末代まで祟るのは勘弁してやろう。
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だが、それより何より最も悔いているのは「震災を受けた方々に、私ができることはこの本を仕上げることくらいだ」と勝手に無茶を美談にすり替えていた、己の腐った性根だ。
あの時、誰もが思っていただろう。
「何か私に出来ることはないのか」
多額の募金や具体的なボランティアが可能な場合は別として、それさえ充分にはできない多くの人が辿り着いた答えが
「せめて自分の仕事を、毎日を、まず精一杯やろう」だったのではないかと思う。
それはきっと正解だ。
色んな風評が流れた中、一億総パニックにならなかった自国を私は誇らしく思う。
だが、私のアレは違う。
真っ当な思考を止める逃避の言い訳に震災を使った。「自分の毎日を精一杯生きる」ことは、あそこで自分を追い詰めることではなかった。
限界を越えて己を鞭打つか否かは、震災とは全く別の判断であるべきだった。
とても、とても失礼なことをした。
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なのに私は毎年この時期、そのことを思い出しては「震災が無かったらどうだったろう」と考えてしまう。
もし震災が起きずに通常のスケジュールで業務が進んでいたら。
もし私が呪文と狡い義侠心で自分を縛らず「これ以上はできない」と仕事をセーブしていたら。
今日、バイト先のフロアにラジオの音が小さく流れていた。
基本的に打ち込みとデータ確認の場所であるから、いつもは(少なくともそれまでの数日は)無音の場所だ。
仕事の邪魔にならない葉擦れ程の音量で、けれど全員が黙れば聴こえてくる、ひそやかな音だった。
今日その瞬間にラジオから流れたのが曲だったのか鐘の音だったのか、何故か記憶がない。皆も私も打ち込む手を止めはしなかった。ただ誰も何も一言も発さなかった。
それぞれに「あの時」を思い出していたのだろう。
私は情けないことに「もし」と思い、同時にそう思ってしまった愚かさを恥じた。
そしてこの文を書いている。
もう決して誰かや何かを、己を削ることの言い訳にはしたくない。
きちんと自分の目と体と心で生きていきたい。
私が愚かであることは早々変わりはしないだろうが、あれほどの非礼を繰り返したくはない。
こんな、心臓を絞られるように悔いるのは、人生でこの一件だけであって欲しいと切に願う。