生活において私に関係する物事には3種類ある。
・やりたいこと
・やりたくないこと
・どちらでもないこと
(やってもいいけど、やらなくて済むならそれがいいのにな〜。いや、やったほうがいいんだけどさ、的な事柄)
「やりたいこと」には開封オプションとしてすでに【わくわくスイッチ】がついている。
「やりたくないこと」は全心身を探して【やる気スイッチ】を見つけないと始まらない。
では「どちらでもないこと」を始めるには何が必要か。ちなみに私は毎回、起爆パワーの大きい【やる気スイッチ】を探そうとしていた。
だが先日、気づいたのだ。
「どちらでもないこと」に使える
第3のスイッチ、
【やるか…スイッチ】
の存在に。
それは【やる気スイッチ】ほどの推進力を持たず、のそりとベッドや椅子から体を起こすくらいのパワーしか呼び覚まさない。
なので使い方にコツがいる。
1・まず「どちらでもないこと」、つまり家事全般だのちょっとした書類整理だののうちの、小さな作業を考える。
例: 洗濯の場合
洗剤を入れてボタンを押し、天気を確認して乾燥機か天日干し(?)か決める。
乾燥機ver.なら後に乾燥機のある場所まで衣類を運ぶデカ袋を用意する。
天日干しver.なら、ハンガーと洗濯バサミを手近に出しておく。
2・ここまでしか考えない。
後のことは後のこと。と思考を切る。
そして「楽しいこと」をする。最近では「ホットカルピスを飲みつつ、ベランダでタバコ一服」が最もお気に入りだ。
3・楽しいことを堪能する。
以上。
追記・洗濯が終わったら?
もう一回【やるか…スイッチ】を押してみる。乾燥機だとかなりイケる。
天日干しは気持ちの良い天候だとラクに動ける。
どっちもダメな場合は、小一時間くらい放置。もう一度ダラダラして力を貯める。
ちなみに洗濯1回で終わらない量だった場合、大体半分しか洗濯しない。残りは次の機会へまわす。
それでないと洗濯は「やりたくないこと」分類へ一直線に行ってしまう。
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理論的には「行動を小分けにして、その度に褒美を与える」という、どこのハムスターかという方策だ。
方法自体は別に私が発見したわけではない。心理学の本でも片付けの本でも似たことは書いてある。
だが「そりゃそうだろうさ」と思いながら、私は長くそれを自分に適応させられなかった。
転機となったのは、もうすぐ終了する某官公庁のバイトだ。
お役所仕事というと悪いイメージしか持っていなかったが、触れてみると良い面もあるのだと知った。
その最たるものが「誰も無理しない」「働いたら必ず休む」が当たり前の生活態度だ。
あまりに官公庁の皆さんには当然すぎることらしく、不必要に焦ってセカセカする私を奇妙な生き物のように扱い、見ていた。
関わった作業には熱くなってしまう性質の私が「こ、これ!あと1時間残業すれば終わりそうなんですけど!」と申請すると
「え?明日来てから続きをやれば充分じゃない?」
「別の人が今から代わってもいいし」
「あなたがどうしても今やりたいなら、やってもいいけど」
と不思議そうに言われる。
なにが恐ろしいって残業代をケチる空気はゼロなところだ。しかも「それでコレ全体の仕事、締め日までに終わるんですかね?」などと私が考える必要をダーレも思わない。
私が会うこともないだろう誰かが常に全体を見ており、把握し、必要ならば私のようなバイトも追加されるし、別部署のアシスタントを呼んでくる。
官公庁の無尽蔵な「人」の層の厚さ、そのマンパワーシステム恐るべし。
だがそうやって細かく分担し、誰もが「出来ること」を淡々とやっていくと、どんな仕事もいつの間にか終わっている。
ほんの1日休みを取ってバイト先に戻ると大抵の山場は綺麗に処理されているか、すでに次の段階へ移行していた。
「アレって終わるものだったのか…」と私は何度呆然としたことだろう。
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そう、どんな大作戦も小さく単純な作業が積み重なったに過ぎない。
「使える力を程よく使って休み、次に繋げ続ける」
この一見、単純かつ愚鈍に聞こえる歩みが、キングコングもかくやと思った巨大な仕事を倒していく様を、私は官公庁バイトで見せつけられた。
今まで私が馴染んでいた戦法は「出来るだけ短時間で」「無駄は徹底的に省いて」「的確な判断で、良きタイミングを掴んで完遂する」というものだった。
「使える力を程よく使って休み、次に繋げ続けて作戦終了を迎える」タイプのタクティクスも理論上は知っていた。
たがそれが求められる戦場ではなかったこと、私の性格が短期決戦に合っていたことで、どうしても我が物とすることができなかった。
だが今回、まさに「百聞は一見にしかず」。その戦略には必ず益があることを、まざまざと肌で感じた。
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もちろん、全ては「国家」という強大な後ろ盾あってのこと。一般庶民の生活にそのまま当てはめるのは無理があるのは重々承知だ。
たがその見聞は、
「今やっても大して先に進まない」
「それなら今やっても意味がない」
「もし今やって完成しなかったら、余計落ち込むからやりたくない」
の三段論法を駆使していた私に
「小さくとも、今全て終わらなくても、少しずつやっていけば必ず終わる」
未来を信じさせることに成功した。
そして記念すべき
【やるか…スイッチ】の誕生である。
心から燃えられるネタがある時はともかく、通常はただでさえ無事に明日を迎えるだけで疲れてしまうような年齢と弱い心の持ち主な私。
鬱由来のパニックに陥っていないとしても、余分に使えるパワーは微弱なものだ。
だがそのぶんだけで良いのだ。
「やるか…」くらいのエンジンでいい。
私には全国民を従えるようなマンパワーはない。
だが生きてさえいれば「明日の私」はいるし、何だったら「1時間昼寝した後の私」もいる。
ひとつひとつは小さなパワーだろうが、それを使い果たさない程度でやれることは、見回せばいくつかあるはずだ。
そのオマケに楽しいことをくっつけ続ければ、やがては「小さなことを少しずつやるのは楽しいこと」と脳は認識してくれるやもしれぬ。
さらに「次も楽しくなるポイントは“やること”を溜めすぎないこと」という高位の意識も起動するかもしれない。
まあ、まだまだ私はそこまで至ってはいないのだが。
慣れ親しんだ「小さいことなら、やるだけ無駄」から、いつか「ちっちゃいことは楽しいな」へのパラドクスが起きることを夢見て、
さて今日は皿洗いでも
【やるか…スイッチ】を
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