至高の担々麺について、考えてみたい。
その名前を聞くと、皆さんは何を想像するのだろうか。唐辛子のヒリリとする辛さ、山椒のふわっと鼻に抜ける感じ、ゴマのねっとりした感じ。
いずれも外食で出される担々麺においては特徴的な要素ではあるが、私はあえてこう言いたい。
担々麺は、音楽であると。ハーモニーであると。ストーリーが大事なのであると。
一口目からむせるような辛さの担々麺は、それは即ちフォルティシモから始まり最後までフォルティシモでしかない騒音ソングだ。
ひたすらこってりとした練りごまの油っこさしか味わえない担々麺は、AmとG7のツーコードでメロディも1パターンしかない駄作だ。
最後まで汁を飲み干したくならないような担々麺は、イントロとAメロまでは良かったがその後のサビ繰り返しがマンネリになってうんざりするアレだ。もっと構成を考えろ。
だから僕は考えた。
最初は辛くなくあっさりしており、食べていく間に肉味噌と自家製の芝麻醤から辛み・山椒のスパイシーさ・ゴマのコクがスープに溶け出していき、最後のひとすすりでフィナーレを迎える担々麺こそが正義であると。また、つるりとした麺とどっしりした肉味噌に対して、トッピングの砕いたピーナッツは必須であり、いわばボサノバのギターボイシングにおける6thと9thの音に該当するものだと。
ミシェルルグランの「風のささやき」のような、一音目から最後のフェルマータまで聞き逃したくないような、そんな音楽のような担々麺を私は作り担々麺のような音楽を私は奏でいく。
担々麺の話をしたいのか、音楽の話をしたいのか…途中でよくわからなくなったが、そんなことはこの際どうでも良いではないか。良い音楽と良い担々麺には、ストーリーとハーモニーが丁度良いテンポでグルーヴするのだ。あの手この手で飽きのこないステージを作ることが、ミュージシャンの使命なのだ。
そんなことを、リハーサル前のミュージシャン達に「秘伝深沢担々麺」を振る舞いながら考えた。
この担々麺のようなベストバランスのライブは、6月8日に原かのこと中島優紀と共に、吉祥寺ストリングスでお届けする所存である。
(尚、当日のメニューに担々麺は出ないので悪しからず。代わりにストリングス特製のピッツァ・カプリチョーザをお勧めする。)
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永田ジョージ
#クッキング #ピアニスト #担々麺 #正義
