HI-END--THE Cat--
再び永き眠りに入りつつあるHI-ENDですが、今後も更新していく所存でございます。
年末ですね。総括しようかな。。。悩むな。。。
実はこんな写真ブログも始めてます。
日々撮りためた写真に一言添えて徒然なるままに。
さぁ料理ブログになりつつあるこっちの方も何か書かんと。ね。
秋ご飯 part1
のんちゃんが関東に行ってるので、外食しようかと思ったけど、なかなか1人で気楽に入れる美味しいお店ってない。
うーん、と悩みながら結局スーパーにたどり着いて食材をあさる。
お風呂上がってからクッキングで、面倒に思えるけど、ここまで来ると後は食べて寝るだけなので楽。意外と料理している時間はドーパミンが放出されて能が気持ち良かったりもしたり。
骨付きモモ肉にしっかり塩コショウ効かせて、皮から焦げ目が出来るくらい焼く。
赤ワイン、チキンブイヨン、ホールトマトの順に加え段階的にじっくり煮込みながら味を染み込ませる。隠し味はバルサミコ酢がちょっぴり。
ナスとチンゲン菜は適当にカットして、適当に入れ込む。
牛丼一杯以下の値段でここまで作れるとなると、牛丼なんて馬鹿らしくて食べたくもなくなる。
ただ1人で食べるご飯ていうのは本当に味気ないのである。
-0824-短編小説『僕と僕の腸との7時間戦争』
「ウラサーン、もう検査から50分ほど経ちますけど、具合どうですかぁ?」
深い眠りから一気に引き戻され、清潔感をそのまま生地にしたような真っ白なカーテンに囲まれ、その隙間から白衣の女性がこちらを見下ろしていた。
はて。。。
3ヶ月前、突然の腹痛から入院。大腸憩室炎を抗生剤の点滴治療で約1週間、入院生活を送った。
治療後、実は2度目の発症という事もあり、大腸に異常がないかを検査すべく、内視鏡検査の予定が組まれていた。
内視鏡検査には2種類あり、ご存知の通り、口から(鼻からのものも増えてきた)通す経口内視鏡検査と、お尻の例の所から通す大腸内視鏡検査。前者は恋と進路に悩んだ甘く切ない想い出を残す中学時代に胃潰瘍を起こし経験済み(体の悪さだけは誇れるものがある)。後者は全くの未経験であった。
要するに、上からか下からかの二者択一。
今回選択されたのは疑う事無く後者であった。
正直申そう。この時、先生の説明に「はいっ!えぇ!はいっ!」と外向き面いっぱいで返事をしていた僕の笑顔の奥は「やだよやだよやだよー!お尻の穴からカメラぶっ込むなんてやだよー!」とだだをこねまくっていて良い感じのパンの生地が仕上がる程だったことを。
そして迎えた検査当日。思い返す事、7時間前の朝。燦々と輝く朝日の陽気とは裏腹に、テーブルの上に置かれた2リットルの腸管洗浄液が僕の目の前で鈍く、ふてぶてしく、その存在感を主張していた。
前夜9時から食事は採れず、検査にかかるまで口に出来るのはこの洗浄液のみ。消化器内を清潔な状態で検査に望まなければならないために、この2リットルを飲み干し、全て排泄しなければいけないのである。出ると分かってて飲まなければならないほど辛いことは無い。
「服用のしおり」によると、『多くの場合、飲み始めてから約1時間後に排便が起こります』とある。なるほど。また、『以後数回(5~8回)にわたって液状の排便があります』と。なるほど。
満を持して、飲み始めた1杯目の200ml。
驚いた。2分でトイレに駆け込んだ。実は眠さに負けて寝落ちしてしまい、知らぬ間に1時間経ってしまったのでは、と時計を何度も確認したが、電波時計は正確に時を刻んでいた。
独特の臭みのある溶液に後半は、生理的に嫌悪感が生まれ、幼少期以来のかんむしを起こしながら、その怒りをトイレで爆発させていた。もうペットボトルロケットのように勢いで空を飛べるのではないかというほど仕上がっていた。小学生の夏休みの工作の宿題で提出すれば、なかなかの点数が頂けそうな具合である。もはや、しおりに書かれた回数の2倍を上回る頻度に、トイレットペーパーは2ロール目に突入していた。既に、病院に到着した頃には完全に憔悴しきっていた。
ここからは完全に流れ作業である。淡々と行程の説明を受け、お尻に穴の空いたパンツを手渡され、鎮痛剤を注射され、固い診療台に横になる。ほのぼのと草原で生活していて、気付いたら精肉にされる寸前ではないかという豚さんの気持ちを味わった気がする。
そして、飛び上がった。
『はいっ!それではねっ!しばらくねっ!痛み止めが効くまで、楽にしてて下さいねーっ!』
若い患者にも容赦なくボリュームの大きい看護士さんの『楽にしてて下さいねーっ!』を受けて、少し目を閉じる。
その時、お尻に冷たいものを感じたと思った矢先に、ズズーーーッとカメラが入ってきたのである。
『楽にしてて下さいねーっ!』とは何だったのか!?そして痛み止めはもう効いているのか!?僕のお尻にそんな事をするアナタは一体どこの誰なのか!?
疑問と不安で脳内の情報伝達機能が交通渋滞を引き起こすも、膝を抱えてお尻を突き出し額に脂汗をかいた豚さんには反抗できる余地は与えられていなかった。何より、自らのお尻があんなもの(実際には見えていなかったが)をしっかりと受け入れている事に驚いた。時折、突破口を開くために腸内に空気が送られるのだが、その度に『遠慮せずにオナラを出して下さいねーっ!』と声をかけられるも、あんなもの(何度も言うが実際見ていない)が突っ込まれているどこにガスを出す隙間があるというのか。この時、口から漏れた言葉は「うぅ・・・・出まい。』という『出ない』と『出ません』が見事にミックスされ、まるで武士が最期に発するようなのうめき声であった。
『はいっ!それではねっ!そのまま、ゆっくり、仰向きになれますかーっ!?』
いや、なれねーよ。
お尻にカメラを入れられた状態で仰向きになれとは、悪の所業であるとこの時は感じた。妙に腸がよじれて痛みを併発するのでは、カメラが刺さって穴が空くのでは。。。余計な不安で口内が以上に粘っこくなる(後から聞くと鎮痛剤の後遺症だったよう)。そんな不安をよそに、看護士は僕の右肩を掴み、ゆっくりと力を込める。ようやく仰向けになれたところで、
『はいっ!それではねっ!左膝を立てて、右足を左膝の上にのせてもらえるかなーっ!?』
要するに自宅で寝転がってテレビを見る時にしそうなあの偉そうな体勢である。
しかし、痛みと混乱でもはや錯乱状態だった僕はその体勢を想像し、『え?良いんですか?』と訳の分からぬ言葉を看護士に発していた。
約15分の検査を終え、意識朦朧の中、腸内に異常は見当たりませんでした安心して下さいねという簡単な診断結果を聞き終えた所で、吐き気をもよおした。『ずみません。。。な、なんか吐いて良いバケツか何かくだざい。。。』看護士さんがバケツを持ってかけ戻ってきたと同時に胃の中の液体を全て吐き出して意識を失った。
「ウラサーン、もう検査から50分ほど経ちますけど、具合どうですかぁ?」
医療用ソファの上で目覚め、しばらくの記憶を思いめぐらせる。そうだ、あの仰向けになった時にようやく拝見したカメラを操る技師は若い女性技師で、それに気付いて以来僕は「痛い」と口にするのは大人げないな、平常心を装っていこうと大人げない事を考えたことも思い出した。
「あ、もう大丈夫です。ご迷惑おかけ致しました。」
検査後の簡単な説明を受け、服を着替えて、何だかこれまで感じた事の無いお尻への物悲しさを抱きながら検査室を後にした。扉の脇に備えられたソファには今日仕事が休みで付き添ってくれたのんちゃんの姿があった。えらく長くかかったね、大丈夫?と優しい声をかけてくれ、事の一連を説明してみた。優しい言葉が返ってきた。
『お前どんだけ体弱いんじゃっ!!』
こうして僕と僕の腸との7時間戦争は幕を閉じたのであった。
深い眠りから一気に引き戻され、清潔感をそのまま生地にしたような真っ白なカーテンに囲まれ、その隙間から白衣の女性がこちらを見下ろしていた。
はて。。。
3ヶ月前、突然の腹痛から入院。大腸憩室炎を抗生剤の点滴治療で約1週間、入院生活を送った。
治療後、実は2度目の発症という事もあり、大腸に異常がないかを検査すべく、内視鏡検査の予定が組まれていた。
内視鏡検査には2種類あり、ご存知の通り、口から(鼻からのものも増えてきた)通す経口内視鏡検査と、お尻の例の所から通す大腸内視鏡検査。前者は恋と進路に悩んだ甘く切ない想い出を残す中学時代に胃潰瘍を起こし経験済み(体の悪さだけは誇れるものがある)。後者は全くの未経験であった。
要するに、上からか下からかの二者択一。
今回選択されたのは疑う事無く後者であった。
正直申そう。この時、先生の説明に「はいっ!えぇ!はいっ!」と外向き面いっぱいで返事をしていた僕の笑顔の奥は「やだよやだよやだよー!お尻の穴からカメラぶっ込むなんてやだよー!」とだだをこねまくっていて良い感じのパンの生地が仕上がる程だったことを。
そして迎えた検査当日。思い返す事、7時間前の朝。燦々と輝く朝日の陽気とは裏腹に、テーブルの上に置かれた2リットルの腸管洗浄液が僕の目の前で鈍く、ふてぶてしく、その存在感を主張していた。
前夜9時から食事は採れず、検査にかかるまで口に出来るのはこの洗浄液のみ。消化器内を清潔な状態で検査に望まなければならないために、この2リットルを飲み干し、全て排泄しなければいけないのである。出ると分かってて飲まなければならないほど辛いことは無い。
「服用のしおり」によると、『多くの場合、飲み始めてから約1時間後に排便が起こります』とある。なるほど。また、『以後数回(5~8回)にわたって液状の排便があります』と。なるほど。
満を持して、飲み始めた1杯目の200ml。
驚いた。2分でトイレに駆け込んだ。実は眠さに負けて寝落ちしてしまい、知らぬ間に1時間経ってしまったのでは、と時計を何度も確認したが、電波時計は正確に時を刻んでいた。
独特の臭みのある溶液に後半は、生理的に嫌悪感が生まれ、幼少期以来のかんむしを起こしながら、その怒りをトイレで爆発させていた。もうペットボトルロケットのように勢いで空を飛べるのではないかというほど仕上がっていた。小学生の夏休みの工作の宿題で提出すれば、なかなかの点数が頂けそうな具合である。もはや、しおりに書かれた回数の2倍を上回る頻度に、トイレットペーパーは2ロール目に突入していた。既に、病院に到着した頃には完全に憔悴しきっていた。
ここからは完全に流れ作業である。淡々と行程の説明を受け、お尻に穴の空いたパンツを手渡され、鎮痛剤を注射され、固い診療台に横になる。ほのぼのと草原で生活していて、気付いたら精肉にされる寸前ではないかという豚さんの気持ちを味わった気がする。
そして、飛び上がった。
『はいっ!それではねっ!しばらくねっ!痛み止めが効くまで、楽にしてて下さいねーっ!』
若い患者にも容赦なくボリュームの大きい看護士さんの『楽にしてて下さいねーっ!』を受けて、少し目を閉じる。
その時、お尻に冷たいものを感じたと思った矢先に、ズズーーーッとカメラが入ってきたのである。
『楽にしてて下さいねーっ!』とは何だったのか!?そして痛み止めはもう効いているのか!?僕のお尻にそんな事をするアナタは一体どこの誰なのか!?
疑問と不安で脳内の情報伝達機能が交通渋滞を引き起こすも、膝を抱えてお尻を突き出し額に脂汗をかいた豚さんには反抗できる余地は与えられていなかった。何より、自らのお尻があんなもの(実際には見えていなかったが)をしっかりと受け入れている事に驚いた。時折、突破口を開くために腸内に空気が送られるのだが、その度に『遠慮せずにオナラを出して下さいねーっ!』と声をかけられるも、あんなもの(何度も言うが実際見ていない)が突っ込まれているどこにガスを出す隙間があるというのか。この時、口から漏れた言葉は「うぅ・・・・出まい。』という『出ない』と『出ません』が見事にミックスされ、まるで武士が最期に発するようなのうめき声であった。
『はいっ!それではねっ!そのまま、ゆっくり、仰向きになれますかーっ!?』
いや、なれねーよ。
お尻にカメラを入れられた状態で仰向きになれとは、悪の所業であるとこの時は感じた。妙に腸がよじれて痛みを併発するのでは、カメラが刺さって穴が空くのでは。。。余計な不安で口内が以上に粘っこくなる(後から聞くと鎮痛剤の後遺症だったよう)。そんな不安をよそに、看護士は僕の右肩を掴み、ゆっくりと力を込める。ようやく仰向けになれたところで、
『はいっ!それではねっ!左膝を立てて、右足を左膝の上にのせてもらえるかなーっ!?』
要するに自宅で寝転がってテレビを見る時にしそうなあの偉そうな体勢である。
しかし、痛みと混乱でもはや錯乱状態だった僕はその体勢を想像し、『え?良いんですか?』と訳の分からぬ言葉を看護士に発していた。
約15分の検査を終え、意識朦朧の中、腸内に異常は見当たりませんでした安心して下さいねという簡単な診断結果を聞き終えた所で、吐き気をもよおした。『ずみません。。。な、なんか吐いて良いバケツか何かくだざい。。。』看護士さんがバケツを持ってかけ戻ってきたと同時に胃の中の液体を全て吐き出して意識を失った。
「ウラサーン、もう検査から50分ほど経ちますけど、具合どうですかぁ?」
医療用ソファの上で目覚め、しばらくの記憶を思いめぐらせる。そうだ、あの仰向けになった時にようやく拝見したカメラを操る技師は若い女性技師で、それに気付いて以来僕は「痛い」と口にするのは大人げないな、平常心を装っていこうと大人げない事を考えたことも思い出した。
「あ、もう大丈夫です。ご迷惑おかけ致しました。」
検査後の簡単な説明を受け、服を着替えて、何だかこれまで感じた事の無いお尻への物悲しさを抱きながら検査室を後にした。扉の脇に備えられたソファには今日仕事が休みで付き添ってくれたのんちゃんの姿があった。えらく長くかかったね、大丈夫?と優しい声をかけてくれ、事の一連を説明してみた。優しい言葉が返ってきた。
『お前どんだけ体弱いんじゃっ!!』
こうして僕と僕の腸との7時間戦争は幕を閉じたのであった。







