年末年始救急車受け入れ体制の為だろう。
父は、師長に言われた最後の年越しを自宅で過ごすために、追い立てられるようにして38度近い高熱が出たまま、2009年12月 28日退院させられた。
訪看さんに来てもらっても38度近い高熱が毎日続く。
痰もこの頃から多くなってきた。
抗生剤が原因と思われる下痢も収まらず。
医療の素人の私がどう見ても父は自宅で過ごせるレベルでは、ないと思った。
ほんとうに病院には、腹がたった。
心労で心が張り裂けそうだった。
毎日発熱が続く父に何もしてやれない無力の私。
例年通りにおせちを作って正月を迎えた。
絶対これが父との最後の正月なんて信じたくない。
しかし、元旦から38.3度の熱。
遠くで救急車の音が聞こえた。
救急車も考えなくは、なかったが流石に元旦から、病院は可哀想なので、自宅で様子を見ることにした。
毎日37度後半の熱と下痢。
もう一度38度を超えたら、病院に戻ろうと思った。
入院バックを傍らに置きいつでも救急車を呼べるようにスタンバイしていた。
この頃、いつ高熱がでるかと、心に余裕がなく、ご飯もゆっくり食べれない毎日を過ごしていた。
隣の姉に相談しても「勝手に救急車呼んだらいいやん。」と真剣に父のことは、心配してくれない。最後の年越しと師長から言われたことも信じない。
そして我慢に我慢をして再び38度を超えた日。
1月11日に年末の退院から2週間足らずでまた救急車で病院へ。
結局あの時、無理やり退院させないで、あと二日ほど抗生剤を使ってくれていたら病院に舞い戻ることは、なかったのに・・・
結局年越しを自宅で過ごし、一月また一週間ほど入院した。
主治医は、ぬけぬけと
「今回、よいタイミングで救急車を呼びましたね。炎症値が上がる前だったので、うまくお薬が効きました。」という。
退院するときも肺のレントゲンを取らず、肺炎を持ったまま、退院させられている。
おそらく、主治医の話から推測すれば、この主治医の場合、父だけでなく高齢者は、完全に肺炎を治さないまま返すようだ。
なので高齢者は、近いうちにほとんどが亡くなるようだ。
師長も、ここに書けないようなひどい言葉でそのような意味合いの事を言っていた。
ほんとその言葉を聴いてどれだけ家族が傷ついているか。
その言葉は、絶対、医療者が口にすべきでない言葉だと思う。
言った本人は、きっと忘れていると思うが。
毎日、発熱。毎日水枕の日々。
氷が、うちの冷蔵庫だけで追いつかず、姉宅の氷もしょっちゅうもらいに行っていた。アイスノンも冷凍庫に常備。
入浴もずっと出来なかった。
病院の師長から、うちの訪看さんに、もう先は、長くないと伝えられたようで、訪看さんからもそのことに関し色々言われた。
それでも私は、信じたくなかった。
父は、師長に言われた最後の年越しを自宅で過ごすために、追い立てられるようにして38度近い高熱が出たまま、2009年12月 28日退院させられた。
訪看さんに来てもらっても38度近い高熱が毎日続く。
痰もこの頃から多くなってきた。
抗生剤が原因と思われる下痢も収まらず。
医療の素人の私がどう見ても父は自宅で過ごせるレベルでは、ないと思った。
ほんとうに病院には、腹がたった。
心労で心が張り裂けそうだった。
毎日発熱が続く父に何もしてやれない無力の私。
例年通りにおせちを作って正月を迎えた。
絶対これが父との最後の正月なんて信じたくない。
しかし、元旦から38.3度の熱。
遠くで救急車の音が聞こえた。
救急車も考えなくは、なかったが流石に元旦から、病院は可哀想なので、自宅で様子を見ることにした。
毎日37度後半の熱と下痢。
もう一度38度を超えたら、病院に戻ろうと思った。
入院バックを傍らに置きいつでも救急車を呼べるようにスタンバイしていた。
この頃、いつ高熱がでるかと、心に余裕がなく、ご飯もゆっくり食べれない毎日を過ごしていた。
隣の姉に相談しても「勝手に救急車呼んだらいいやん。」と真剣に父のことは、心配してくれない。最後の年越しと師長から言われたことも信じない。
そして我慢に我慢をして再び38度を超えた日。
1月11日に年末の退院から2週間足らずでまた救急車で病院へ。
結局あの時、無理やり退院させないで、あと二日ほど抗生剤を使ってくれていたら病院に舞い戻ることは、なかったのに・・・
結局年越しを自宅で過ごし、一月また一週間ほど入院した。
主治医は、ぬけぬけと
「今回、よいタイミングで救急車を呼びましたね。炎症値が上がる前だったので、うまくお薬が効きました。」という。
退院するときも肺のレントゲンを取らず、肺炎を持ったまま、退院させられている。
おそらく、主治医の話から推測すれば、この主治医の場合、父だけでなく高齢者は、完全に肺炎を治さないまま返すようだ。
なので高齢者は、近いうちにほとんどが亡くなるようだ。
師長も、ここに書けないようなひどい言葉でそのような意味合いの事を言っていた。
ほんとその言葉を聴いてどれだけ家族が傷ついているか。
その言葉は、絶対、医療者が口にすべきでない言葉だと思う。
言った本人は、きっと忘れていると思うが。
毎日、発熱。毎日水枕の日々。
氷が、うちの冷蔵庫だけで追いつかず、姉宅の氷もしょっちゅうもらいに行っていた。アイスノンも冷凍庫に常備。
入浴もずっと出来なかった。
病院の師長から、うちの訪看さんに、もう先は、長くないと伝えられたようで、訪看さんからもそのことに関し色々言われた。
それでも私は、信じたくなかった。