私はとても神経質で感受性が強い子供だった。そしてとても痩せていて腺病質で体が弱かった。
遠足の翌日は必ず口内炎ができる。そしてクラスで誰かが水疱瘡になった時、席が離れていたのにしっかりうつった。
インフルエンザの注射も二回打つが一回打つと発熱して二回目が打てなかったりした。
学級閉鎖のときも、すでに自分は風邪で休んでいた。

お母ちゃん子でいつも母親にくっついて母に甘えていた。
体が弱く、母親べったりな私が早く死ぬのではないかと、母はとても心配していた。
小学校のときは、母恋しくて、しんどくないのに、「しんどい」と先生に嘘をついて家に帰った事もあった。
低学年の時は、母が旅行に行く時や出かける時は、学校を休んでついていった。

六年から中学に入る前の一年間で10センチほど急激に背が伸び、痩せ体質にますます拍車がかかった。
六年の夏休みが終わる頃には、とうとう母の身長を抜かした。小学校を卒業する頃には、159センチ近くあった。

中学に入学してから学校を休まなくなった。体が少し丈夫になったのかも知れない。三年間皆勤賞だ。
多分しんどい日もあったが一日休むと授業がわからなくなるのでは?という不安もあったと思う。
先々の事を気にやむ心配性の性格は、変わらなかった。
だから宿題、与えられた課題は、きっちりこなし、試験前にも慌てることのないよう計画的にスケジュールを組んでいた。
だから両親から勉強するよう言われたことが一度もなかった。母親から「しやすい子」だと思われていた。
自分自身は、神経質で心配症の性格がとても嫌だった。もっとおおらかになりたいといつも思っていた。
もともと、明るく人を笑わす事も好きだったので、先生には明るく活発だと捉えてもらっていたようだ。

最近、友人が私の事を「前向きだ。」と言ってくれてとても驚いた。
(彼女は多分このブログを読んでくれていると思う)
自分はとても後ろ向きな性格だと思っていたので、少し年配の人にも聞いてみた。「めちゃくちや前向きやよ。前から思ってたよ」との事。
その帰り道にも違う人から話の流れで「ほんと、前向きやねぇ」と言ってもらった。
三人から言われると、私は前向きなのかと少し自信を持つことが出来た。

これは父のことで三年前コース選択を誤り、辛い出来事を体験したとき、自分で意識改革し、気づき、そこから這い上がって来たとき、自分の隠れていた「前向き」の性格が少し現れてきたのかも知れない。

これもはびちゃんの介護を通して得たものだ。
友人が「はび子ちゃんは、前向きだ」と言ってくれた言葉にとても感謝する。
違う自分をひき出してくれてありがとう。
心配症は、相変わらずなのだが・・・