「あやめ」上がりました。

大分おまけだった気がします。
もう少し踊っていたい曲でした。



日によって芸の良し悪しが変わることは
自身が人間である限り当たり前の事である。

気力体力、身体の作り方がその日の芸を左右する。

プロでもいつでも全く同じ踊りにはならず、
曲への解釈、身体の使い方で日によって時によって変わる。

いつでも同じ芸をこなす人は逆に気持ち悪い。
機械じゃないんだから。

曲の設定、物語で語られる登場人物の設定でも、踊る当の本人の年齢同等の踊りでなければ
おかしく見えるだけである。

70代のおばあちゃんが役の為だからと振袖着ている状況がそう。
見てとれる年齢と纏う服があまりにも違いすぎて違和感があるのと同じこと。


そんな話をされていました。


ピアノも同じ。


演奏者によって個性が出ないとおかしい。


練習の時には上手くいったものが
レッスンの時にできなかったとき、
自分を責めがちですが、
弾く日が違えばそれは当たり前。


もしそれが嫌で納得できないのであれば
プロ同様、前日よりもっと前から
たった1回の為のレッスンに準備をしておくべきであるということ。


悩んでいた答え、
先生がくださいました。


ありがとうございます!

精進します。

箕面の滝と勝応寺に行って来ました。



箕面駅可愛い❤️
良い天気で、お散歩日和で嬉しい!


西国33箇所のお寺が2つあったのですが、
それを廻ってる訳じゃないしなぁと、
印貰うの躊躇われてやめました。
今となってはただの人見知りだった気がします。。
勿体無いことしました。。





川沿いは常に体感温度が低くて歩きやすく、
緑の視界で下界から遠ざかる感じで、さらに癒されました。


昆虫館。
虫を見にきた訳ではないので中には入りませんでしたが、中には親子で来てる家族が沢山。


地獄谷のツーショット。
勝応寺から来た修行僧がここで水行をするのを
イメージすると、歩いてここまで来るだけでも大変なのにご苦労様なことだと単純に思います。
いつか修行体験してみたい。
元の生活に戻れない気がしますが。



滝に到着。
ここまでの道のりの途中にある道案内の看板に
最初は「箕面の滝」って書いてたのに途中から「滝」だけの表記になって、思わずそれだけ?!ってなりました。
確かに、箕面にいるのに敢えて地名を案内しなくていいよね。
だけど、なんか滝だけだと伝わるけど看板が寂しい。笑


子供連れのお父さんが軽く声をかけてくださって、写真撮ってもらいました。
ありがとうございます。

ドライブウェイがあるし滝から勝応寺まで歩けると調べていたので、2つとも歩いて回るつもりでいたら、
ドライブウェイと歩道が通行止めになってて、結局山の梺を電車で回りました。

通行止めになってた道を引き返し、
お猿さんに若干怯えつつ、
来た道を戻って山を降りました。

そのまま箕面駅からタクシーで勝応寺に行こうとしたら
タクシーのおじさんにドライブウェイ通行止めになってるし回り道するから高いよ大丈夫?って聞かれてその場で乗るのは断念。

丁度千里中央に帰るバスが出てて、
モノレールで勝応寺の最寄り駅まで行けるとふんで飛び乗り、千里中央から彩都西へ。


そこからタクシーで10分だとホームページに書いてたので、タクシーに乗ったら2,700円かかった。。
タクシー恐ろしい。。


で、やっと到着。




だるま。
本堂にお参りしたら首絞められた様な感覚が
して、なんか怒られることしたかも。


だるま。



音楽の神様が奉ってあったので、
初めましてって言ってきました。


池には鯉がたくさんいて、エサあげたら
めっちゃ取り合いになってて怖かった。。
生き物は怖い。
鯉にエサあげるの、幼稚園の池以来なので楽しかったけど、鯉の獰猛さに引きました。


 
だるま。


池の端からミストが出るようになってて何とも幻想的な雰囲気に。


16:30頃の最終バスに乗って帰ってきました。
思っていたより電車の旅でしたが、
ちゃんと歩くの高野山と吉野山以来だったので
楽しかったです。


次はどこに行こうか。。



アニメ、マンガ『進撃の巨人』の元ネタだと考えられていて、北欧作曲家の事を語るには欠かせない話。
ずっと読みたいと思っていた北欧神話。
金原瑞人さん訳でとても読みやすい。


やっと読み始める事ができました。


他の神話と比べて違うなと感じる所は
神々に死が存在し、
それぞれそこに向かい、物語も終わると言うこと。


死を描くことで、人間に共感し
普遍性をもたらす。



北欧の人々はそれほど好きではなかったが、
それらを信仰し、敬い、畏れていた。


ケニングという方法で受け継がれた物語もある。

ケニング=特定の神話に出てくる物事を用いた詩的な比喩のこと。


フレイヤの涙=金 など


神を神としてではなく、人間の男や王や昔の英雄として語ることがあったそう。
キリスト教世界でも語り継いでいけるようにするための知恵であり工夫であるとしている。


日本人における日本昔話は、
日本の神々の話を語り継ぐための手段であり、
実際、日本昔話と自社仏閣の関係について調査し推測している著書もある。


また日本におけるキリスト教信者は踏絵で大きな制圧があったが、キリスト教を残し信仰続けるために地下や洞窟に祭壇を作り守ってきた事を考えるとケニング方法も取り入れられたと推測できる。


ギリシャ神話、ローマ神話で最も多く語り継いがれているものが、テセウスやヘラクレスの物語ばかりなのも、恐らく同じ理由。


ディズニー映画の題材として使用されたヘラクレスは、ローマ神話全体、文化を題材にすることで、多様性を認めつつ、西部劇映画に仕立てあげている。


『進撃の巨人』は北欧神話と酷似する部分はあるものの、巨人、人間、神の思惑が複雑に絡み合う人情劇になっており、人がどう考え生き抜き、情を誘うのが好きな人は好きな作品だと思う。


神話の物語は些か推理小説のように理屈かつ意志が強い者が得を得る。
人情とは違う理性のある世界。
それが好き。



北欧神話のケニング的な存在になるか否か、
近からず遠からず読んでいたいです。