「ウイズ・ザ・ビートルズ」を読みました | グルコサミン博士のブログ

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村上春樹著「一人称単数」の4篇目「ウイズ・ザ・ビートルズ」の読後感を書いてみました。
 

 

あらすじ

1965年、世界がビートルズに熱狂していたごろ、高校二年生の「僕」に彼女ができた。ある秋の終わりの日曜日、デートのために彼女の家まで迎えに行った。そこで彼女の4歳上の兄に出会い、その兄と話すこととなる。

その後、「僕」は大学生になり、彼女と別れる。そこからさらに18年後、彼女の兄とふと街中で出会い、再び話す機会を得る。ところで、彼女は。。。知る。


タイトルのウィズ ビートルズとは、冒頭に学校のキャンパスでビートルズのLPを抱えた少女と一度会ったことから由来しています。ちなみに少女と「僕」の彼女は別の人物である。

 

だから、たった一度しか会っていないあるいは数回しか会っていないにも関わらず、人生に強い印象を与える人は確かに存在しているのです。この短篇を読んでいる間、今まで出会ったそのような人たちの顔をいくつか思い浮かびました。

 

これからもう二度と会うことはないであろう、その人たち。今どこで何をしているのか分かりません。限られた時間の断片的な印象が心に残っているだけで、名前を思い出せない人もいた。事実として受け止めるだけ、それはそれでよいのだ。

 

また、読書はきっかけかもしれませんが、ふっと、形にならない関係性であろうとも、接点が希薄であろうとも、出会ってしかも覚えていることは何かの縁である。友情とか愛情とかパートナーシップとか、何か形を結んだ人だけが自分にとって重要なわけではないと改めて思いました。

 

なんか、めずらしくわりと明瞭な結論があった作品だ。