街の至るところで、可憐なお花に出会える季節、歩いているだけで気分があがります花


イペー


伊丹ミュージアムで開催中のヨゼフ・ラダ展へ行ってきました。



JR伊丹駅に初めて降り立ち、まず、酒蔵通りを目指して歩いて行ったのですが、歩道がとても綺麗に整備されていて、途中までは車両禁止で、歩きやすい幅のある道でびっくりしました。こんなにもしっかり開発されているとは知らず。酒蔵通りに相応しい景観を意識した建物が並んでおり、ニトリも瓦屋根で、二度びっくりです。

 

徒歩数分で酒蔵通りに着きました。

酒造りに使用する豊富な地下水を汲める水汲み場を見かけました。地元の人が、ポリタンクにたくさん汲んでいました。


純白のオオデマリ


これまた酒蔵風のタリーズコーヒーへ行き、しばし読書タイム。

 

10時になったので、開店直後の白雪で有名な小西酒造へ!

 

スタッフさんおすすめNo.1の「ひとしぼり」をくいっといただき、いざミュージアムへ日本酒

 

伊丹ミュージアムもこの造りです。今回、200点以上ものヨゼフ・ラダ作品が見られるということで、楽しみ〜びっくりマーク

 

ヨゼフ・ラダ(1887-1957)は、チェコの国民的画家。


日本で有名な作品は、『黒ねこミケシェのぼうけん』でしょうか。


カルディのクリスマスのアドベントカレンダーは、目にしたことがある方も多いのでは?



展覧会は撮影禁止だったので、画像はヨゼフ・ラダのホームページよりお借りしました。


絵を見にきたわけですが、入ってすぐの『私の人生の年代記』より引用されたヨゼフ・ラダの言葉に心奪われました。

 

「私にとって人生は楽しいものであって、そうでないときがあっても、美しいものだったことは確かです。

少しのユーモアさえあればいつでも耐えることができ、気落ちなど一度もしませんでした。人生を楽しむも闘うも、私達次第なのです。


フルシツェとプラハの間に広がる地域は、息を呑むほど綺麗で、私の生涯にわたる楽園でありインスピレーションの源でもありました。そこで得た最高の思い出によってこれまで多くの恩恵を受けてきました。


私が重視しているのは、若い頃の強烈な体験、善良な人々、感受性、そして永遠の愛だけです。これらが純粋な芸術の源なのです。執筆にせよ、描画にせよ、筆の巧みさとは技術的なことでしかなく、ディティールに過ぎません。芸術の生き生きとした源泉は、もっと別のところに息づいています。もっと深く実に深いところにあるのです。それは、どうにかして習得したり、お金で買ったりできるものではありません。誰もが感謝すべき神からの贈り物なのです。」

 

ヨゼフ・ラダは、チェコのフルシツェで生まれ、父は靴職人で、ラダにとって靴型や道具が最初のおもちゃ。生後6ヶ月、ゆりかごから落ちて父親の仕事用のナイフに倒れ、右目を失明してしまいます。作品からはそんなことは全く感じさせません。

 

父と母と兄、妹2人の6人家族で、森や畑、牧草地で遊び、春には裸足で野原を駆けまわり、夏には池で冒険ごっこをして、秋には黄金色の葉で焚き火をして、冬には雪遊びをして過ごしました。理想的な子どもの暮らしニコニコ



ラダの絵を見ていると、胸の奥まで温かい気持ちになります。彼の子どもの頃の楽しかった記憶が、そのまま絵に表現されています。



冬には、雪だるま作り、ソリ、スケート、雪合戦。ほとんどの家の前には、おかしな顔をした雪だるまがいて、雪だるま一体だとおしゃべりできなくて淋しいだろうからと、たいていどこのお家も二体あったそう。

 

小さい頃からおとぎ話が好きだったけれど、本はめったに手に入らないので、子ども達同士で語り合いました。

 

父は、寝床を見つけられなかった旅人をよく家に連れてきて、旅人はたいてい話し上手で、旅人からいろいろな人達の運命について知ったそう。その話の多くは、楽しい出来事より悲しい出来事の方が多かったそうです。素敵なお父様ですよね。



ヨゼフ・ラダのクリスマスの思い出も、心に沁みます。

 

チェコをクリスマス・イヴの晩餐の時間には、村の羊飼いが、トランペットでクリスマスキャロルを吹き始め、村をまわり、それが美しくて、みんな待ち遠しくて、始まると付いていったそう。

家には、キャンディと姫林檎を飾った控えめなツリーが飾られ、決してクリスマスプレゼントを期待していたわけではなく、実際、ツリーの下にプレゼントが置かれることは一度もなかったけれど、クリスマスの美しい雰囲気、小さなツリーに、ラダは大きな喜びを感じました。

 

彼は、家の窓から見える全てのことを魔法ののように感じます。庭の杏の木は、春は白い花に覆われ、夏は葉をしげらせて実をつけ、クリスマスには杏はツリーの飾りになり、冬には裸になって佇んでいます。

ラダの作品から感じる季節の移ろいを肌で感じるように心で感じとり、癒されます照れ

 

父親になったラダは、2人の娘に、子どもの頃の話を聞かせてほしいとよくおねだりされ、自分が子どもの頃の村の話や遊んだことなどをたっぷり語るけれど、娘達はもっと聞きたいと言うので、ラダは創作するしかないと、飼っていた黒ねこに言葉を教えて、後ろ足にブーツを履かせ、服を着せてと話していくと、娘達はもっともっと聞かせてとせがみます。それが、『黒ねこミケシェのぼうけん』につながります。

 

ラダは、『兵士シュヴェイクの冒険』の挿絵を手がけたことにより一躍有名になります。


『兵士シュヴェイクの冒険』は、ヤロスラフ・ハシェクの未完の傑作風刺小説。第一次世界大戦下のオーストリア=ハンガリー帝国を舞台に、犬の売買をしていたお人好しで「大馬鹿者」のシュヴェイクが、理不尽に徴兵され、愚直なまでの従順さと与太話で軍の官僚主義や戦争を無力化していく笑いと反戦の物語。 これは、読まねば。


ラダは、1945年プラハの空襲で次女を失い、1951年、妻に先立たれます。その後の絵は、どこか物寂し気。


チェコ児童文学の世界では、カッパは妖怪のイメージではなく、人間くさい水の精として受けとめられています。


ラダの描くかっぱは、緑色の燕尾服、赤い靴、赤い帽子をかぶっています。

ラダ作の『おばけとかっぱ』、読んだことないですが、気になります。


かっぱの住まいは水の底。まるで家爆笑

右がパイプをふかすお父さん、左がナマズに股がる息子爆笑お父さんは、かっぱ界の年金生活者らしい爆笑


カッパは、水陸共用の靴を満月の光の下自分で作るそう。息子は、学校を卒業したら、靴を作る修行に出します。


親友のおばけ親子が登場。おばけは人を怖がらせるのが商売だけど、おどろかし稼業がうまくいかず、引越してきたダッシュ


おばけの息子、仲良しの村の子ども達、かっぱの息子で、おばけほうきに乗って空を飛びます照れあとで、怒られるらしいダッシュ


この世界観、かわいすぎませんか。ラダの心の綺麗さ、豊かな想像力、それらを育てた子ども時代が、伝わってきます。


ラダが挿絵を描いたチェコの児童文学もたくさん紹介されていたのですが、どれも登場人物が愛らしくて、ほっこりするのです。


羽に傷を負った金色のハエが、ヴァイオリニストのコオロギのクリケットおじさんと薬草学者であるツチハンミョウのマイカおばさんに助けられるお話「金色のハエの物語」やタイトルだけで気になる「のっぽと太っちょと千里眼」や動物達の裁判にかけられ人間の罪を知るために奇怪な獣の姿に変えられた猟師の話など、どれもおもしろそうスター


フルシツェの居酒屋の乱闘

貧しかったけれど、みんな活力があって、陽気だったと言います。フルシツェの居酒屋の壁にラダが絵を描き、地元の人達が、自分だ!と言って喜んだそう。


いつかラダの故郷フルシツェ村に行ってみたいなぁ。


チェコに子ども向けの良質な本がほとんどなかったため、良質ながらも安価な本を多く作成しました。

 

ラダは、子どもの心は、まるで蓄音機のようなもので、刻み込まれた幼い頃の印象を大人になっても呼び起こすことができ、幸せな子ども時代は、大人になった時に、尽きることのないインスピレーションの源になると言います。

 

そうだよね、そうだよね、そうなんだよ!と共感しまくりでした気づき

 

子どもの頃の豊かな経験が、強い心を育み、大人になった時の大いなる助けになってくれる、人生を豊かにしてくれると私も思います。

 

日々の小言は、子どもを嫌な気持ちにさせるから、できるだけ言いたくないけれど、躾は必要と思うジレンマ。でも、自分の子ども時代を振り返ると、わりと放任で、自由に遊びに行っていたし、親は私がどこでどんな遊びをしてきたのか気にならないのか、あまり聞かれなかったような。ひたすら遠くに自転車を漕いでいたよ。それぐらいで、ちょうどいいのかもしれません。

 

もう子育ての旬は終わってしまったけれど、もしもやり直せるなら、娘が、「太陽のようないつも笑顔で優しい母」と思えるような、娘の感受性を決して否定しない関わり方ができたらなと理想を思い浮かべましたが、やり直せても無理な気がしました泣き笑いやっぱり、私は私泣き笑い己を知りましょう指差し

 

まぁ、良かった点を自負するなら、自然体験の機会をいっぱい作るよう頑張ったことかな。(自然体験でなくても、子どもの五感と心を育てるものなら何でもよいと思います。)本来、親の誘導などなくて、子ども達だけでそれが十分できたら、なお良かったのだけど、今の時代はそれは難しいから、親の手出しがあってもよしとしよう。そうやって自分の子育てを納得させていくのだろう。次に活かせるならいっぱい反省すればいいけれど、次はないからね。


ヨゼフ・ラダ展、約2時間楽しみました。本当に素敵な作品ばかりで、理想の暮らしだなぁと思ったり、私も体験してみたいと思ったり、クスッと笑えたり、どれも彼の大切にしているものが伝わってくる温かい気持ちにさせてくれる展覧会でしたニコニコ満足満足飛び出すハート


展覧会の後、せっかくなので伊丹ミュージアムに隣接している旧岡田家酒蔵へ。旧石橋家住宅と長寿蔵ブルワリーミュージアムも駆け足であしあと


中はミュージアムのようになっていて、お酒ができるまでの展示説明がありました。


ここの「搾り場」は、写真では分かりづらいですが、中の構造が見えるようになっていて分かりやすいです。

酒袋に入ったもろみをテコの原理で絞って、酒と粕に分離させます。

 

窯場・竈

大きな竈は米を蒸すため、小さな竈はお湯を沸かすためのものだそう。他の観光客が、ガイドさんの説明を受けていて、少し一緒に聞きました。もっとゆっくり聞きたかったのですが、次の約束があるので、退散ダッシュ

 

絵と実物を見比べながら、見るのが楽しい。


麹仕込・室

酒蔵巡りをし過ぎて、「ハイハイこれね」状態になりつつあります。

 

伊丹酒は、猪名川ではなく、陸路で大阪まで運ばれたんだ。へぇ〜。

 

変わり種のどら焼きをお土産に買い、伊丹を後にしました。

 

その後は、元同僚とのランチ会シャンパンロゼワインシャンパン

ひたすらしゃべくりですダッシュ

楽しかったぁ照れ