街で不思議な形をした植物を見かけました。

 

フウセントウワタ(風船唐綿)


遠くから見ると鬼灯のようで、近くに寄るとトゲトゲが見えて、かわいいお花で誘っておきながら、いかにも毒がありそう。実際、茎の中の白い駅には毒性があるそう。

 

先日、神戸市長田区にある「神戸在日コリアンくらしとことばのミュージアム(ナドゥリミュージアム)」に行ってきました。

 

想像よりとても小さなミュージアムでしたが、映像や書籍がたくさんあったので、興味に合わせて深入りできると思います。

 

在日コリアンの歴史を感じる写真が多数展示されていました。その中に、先日食べに行った元祖平壌冷麺屋の初代店長の写真もありました。

 

 

昔、神戸電鉄(神戸から東西でなく山へ向かう南北に走る鉄道)が作られる時に多くの朝鮮人が雇われたのです。

 

朝鮮から日本に渡ってくる人は、出稼ぎ、募集、徴用、官斡旋、密航、親戚を頼ってと様々。日本が朝鮮を植民地化していた時には、作物も日本が搾取していたため、暮らしていけなくなり、日本での仕事を斡旋する業者が度々やってきて、藁にもすがる思いでやってくる人達も多かった。日本での労働環境は給料が日本人より安かったり、なかなか支払われなかったり、日本人と同等の給料の仕事もあったり、雇い主によってその状況はまちまちだけど、比較的劣悪な環境、低賃金の場合が多かったのかな。

 

神戸電鉄もその典型例で、いくつものトンネルを掘るため危険で、かつ、請負業者は工事代はいらないから、神戸電鉄の株をくれっと言ったある意味賢いけれど、労働者への賃金はどこから捻出して払うの?状態で。

 

そうしていく中で、山中に朝鮮人が住むバラックが建ち、その流れを受けて、新湊川沿いに朝鮮人が住むバラックがずらりと並ぶことに。

 

川沿いにバラック小屋を建てるために、川に半間ぐらい飛び出させて、川に柱を立て支えて。川沿いは公共の場なので、土地代などは発生しない。もちろん不法占拠ですが。京都の鴨川でも、昔、税金を払わなくていいことから川沿いに住んでいた人達がいる。

 

 

朝鮮人だけでなく、奄美大島や沖縄から出てきた人も多かったそう。三池炭鉱でも、奄美大島から職を求めて居住してきた人達がいた。職がない所で生きていくのは難しいだろう。沖縄では、昔、農家か漁師か石屋(大きいお墓を作るため!)ぐらいしか仕事がなかったと聞いたことがある。

 

不法占拠なので、時代の流れとともに開発が進められ、立ち退きを余儀なくされたわけです。行政が、立ち退き費用を少額だけど保証し、集団相手だと反発し、同調圧力もあるため、個別に交渉していったんだとか。立ち退きを決めた家族は夜中に引越し、朝になると姿が見えないというようなことがよくあったらしい。「あそこの家も立ち退き交渉に応じたのか」となる。朝鮮に帰った人もいる。

 

三池炭鉱でも労組(労働組合)から新労組に移ることは裏切り者とみられ、新労組側は労組全体に話を持ちかけるのではなく、個別に誘い出して、焼肉などでもてなして新労組へ誘ったというから、どこの世界も人の心理は似たり寄ったりだなと。

 

私自身も、仕事で対集団だとなかなかまとまらない話も、ひとりずつしっかり話をすることで歩み寄りポイントを見出せることがあるので、これも交渉術のひとつなのかな、おもしろいな。

 

昭和30年頃の生活ジオラマ

唐辛子やサンチュの家庭菜園が微笑ましい。不法占拠だけど。鍋で洗濯物を煮て煮沸消毒している。

 

共同便所があって、穴の下は川。でも、この川は常に渇水気味。悪臭が漂って、不衛生。

 

終戦直後には、建築資材不足で、絶対的住宅難で、行政は借り上げ住宅を用意もしたけれど、引き揚げ者が多くて、全然足りなくて、故郷に帰りたくても帰れない朝鮮人が多数いて、どうすることもできず、こんな状況に。

 

焼夷弾で焼けてしまった家畜(山羊、豚、鶏)を食べていることが書かれている。生きていくために。

朝鮮人部落で養豚業を営んでいた話はよく聞くけれど、養豚業は残飯が豚の餌になるし、初期投資が少なく、始めやすかったのです。
 
不法占拠で川の上に家を作り、家畜も飼って、おいおいとツッコミどころ満載だけど、徴用で来たとなれば、日本側の責任もあるし。生きていくためには、正論なんて言ってられない世界観であったのだろう。
 
貿易の拠点となる神戸では、神戸ダンロップができて、ゴム産業が盛んになり、神戸市の長田では長靴や地下足袋の生産のため、朝鮮人労働力を借りるほどだったけれど、戦後資材不足となり、ゴムではない合成樹脂を使用するケミカルシューズを生み出した。
 
ケミカルシューズは、手作業を伴う工程が多く、分業であったため、家族経営で事業を始めやすかったのです。反対に大手メーカーは手をつけにくい産業だった。
 
そういった様々な要因が重なり合い、長田では靴産業が盛んになったのだ。
 
靴作りの道具や仕事場のジオラマが展示されていました。

 

 

このミュージアムの館長キム・シニョンさんの生涯が紹介されていました。実際に、お話も聞けました。小さな空間に、私と館長さんだけだったので泣き笑い私は、足を運んだ時には、可能であれば生の声を聞くように意識しています。今時、情報はネットで色々手に入るので、足を運ぶメリットに生の声が聞けるというのがあると思っています。空気は読むほうなので、話しかけてくれるなオーラの人には話しかけません。でも、資料館などの場合は、たいてい伝えたい思いがある人が多く、進んで話を聞かせてくれます。
 
いくつか気になったパネルを紹介。

シニョンさんの父は、最初島根の炭鉱で働いていたんだって!

 

バラックにオンドル(朝鮮伝統的な温水式床暖房)があったの!?びっくり

 

中学時代、友達の前で母に声をかけられ、咄嗟に「近所のおばさん」と答えてしまう。シニョンさんの本当の気持ちは分からないけれど、(いい悪いは別として)なんとなく気持ちは分かるなぁ。

 

自分の子供が、自分と同じようにいじめられる。その後の、シニョンさんの教育委員会や教師達との対話を重ねる建設的な姿勢には尊敬してしまう。

 

阪神大震災を通して、日本人と韓国人が協力しあう。

今まで心が通じあっていなかった人と、あることをきっかけに通じ合う。それが、阪神大震災とは皮肉だけど、そういうふうな協力しあわなければ生きていけない危機的状況が、人との関係を変え、その後の人生に大きく影響するって運命的。

 

神戸市の小学校の給食では世界各国の料理が出る。娘の小学校では、給食室のスタッフが放送で、その国と料理の紹介をしてくれた。娘は、韓国料理の時に出てくる韓国海苔(料理じゃないけど)がお気に入り。色々な国の料理が出てくるきっかけを作ったのが、「神戸在日コリアン保護者の会」だとはびっくりシニョンさんは、「時代の流れ的にもそういう流れだったので」と謙遜されていましたが。

シニョンさんは、新長田が鶴橋のコリアンタウンのように活気がでればいいのだけど、なかなか一致団結してというふうにはならないというようなことを話していました。

 

過去があって現在がある。現在と過去は決して切り離せるものではなく、繋がっていて、その繋がり(歴史)を知ることがおもしろくて、私のおでかけの楽しみになっています。

 

移民となると、どうしても貧富の差や差別の問題が付き纏ってきますが、ニューヨークのマムダニ市長の目指す「民主的社会主義」が興味深くて、ニューヨークの取り組みがうまくいけば、今後世界の主流は「民主的社会主義」になっていくのではないかとすら思えてしまう。

 

社会主義が失敗し(言い切れはしませんが)、やっぱり自由な民主主義だよね、からの貧富の差が激しすぎ、真面目に働いていても普通に生きていけるのか不安、幸せになるための民主主義はどこへ?からの「民主主義的社会主義」?歴史の流れが大きく変わろうとしているのでしょうか。

 

日本も国民皆保険だし、生活保護はあるし、いくらか「民主主義的社会主義」の要素があるのでは?

 

ニューヨーク市長の目指す「民主主義的社会主義」がよく分かる記事↓

 

 

↑おもしろいです。今後の動きが気になります。

 

中山商店で、韓国餅シリットを買って帰りました。シルは蒸す時に使う素焼きの器、トッ(トク)は餅を意味する。鶴橋に行った時、韓国餅を購入したかったのだけど、大きくて味も分からなかったのでやめておいたのです。

 

この辺りを歩いていると、道は碁盤の目で、古い建物を全く見かけない。阪神大震災で最も被害が大きかった地域だけに、本当に全てが焼けてなくなってしまったんだなと実感します。韓国料理店や焼肉店が多いけれど、最近はベトナム人移民がとても多いらしく、ベトナム料理のお店も見かけました。

お店の奥に、お餅を蒸す湯気が漂っていました。

 

韓国餅以外にも、自家製キムチや自家製冷麺も売っていた。本来の蕎麦粉でできた冷麺と夏限定の小麦粉でできた白っぽい冷麺が売っていた。

 

お店を出た後、常連さんもお店から出てきて、話かけられ、「ここのお店高くなったのよ」「お餅は、四角いお餅(シリット)買ったの?四角いお餅は次の日には固くなる。長いお餅(インジョルミ)の方が柔らかい」など、お店の商品の話から家族の話まで喋り続ける口紅真っ赤なおばちゃん泣き笑い下町ですね。

 

 

私は、蒸し立てのあずき蒸し餅(シリット)を購入しました。茹でて潰したあずきを上下にまぶした蒸しあげたもの。あずきの赤は、鬼が嫌がるから魔除けの意味がある。とても熱々で、直で持つと火傷しそうなほど。帰宅する時までほんのりまだ温かい。カットして、食べきれない分は冷凍へ。

 

気になるお味は、もっちりずっしり、のびない少しかためのお餅。優しいほのかなあずきの甘さを感じる。素朴なお味。韓国の本来の伝統的な蒸し餅は塩味だそう。

 

家にあったあずきペーストときなこを追加してしまった泣き笑いそうしたら、おはぎみたいになった。