台湾に来てから、約1週間。やっと頭の中のOSが北京語モードになったので、 スマトラ島沖地震のニュースを観てます。お国柄が違うと、ここまで報道の仕方が違うのかと、びっくりしています。今回、台湾の青年が地震の津波で亡くなったニュースを観ていて気が付いたのですが、どの台湾のテレビ局も、残された青年の家族の悲しさをとくとくと訴えるのです。
例えば、青年の写真を握り締めて泣き叫んでいるご家族のシーンや、涙を流しながら放心状態でいるご家族のシーンが、メインに放映されていました。
その中でも驚いたのがアンカーマンの締めのコメント。
「彼の父親にとって初めての海外旅行がなんと、自分の息子の遺体を引取るための旅になってしました。一家の稼ぎ頭であったその青年がいなくなったあと、残された家族はどうやって、生きていけばいいのでしょう。」とニュースを締めくくったのです。
ジャーナリズムとは、ニュートラルな立場で事実を客観的に伝えるべきものだと思っていた私にとっては、久々のカルチャーショック。
被害者の家族が、家の中でショックのあまり泣いているシーンなんて、日本でもアメリカでも絶対に考えられないですよね。そういえば、イラクで韓国人青年が誘拐されて殺害された事件でも、青年のご両親が、悲しさのあまり泣き叫んでいるシーンがあったような。
台湾も韓国もメディアのカメラの前で、感情を吐露することにきっと抵抗が少ない文化だと思いました。
違いがおもしろいので、よくよく他のニュースを観察して見ると、病院のベッドの上で呼吸器を付けて横になっている患者さんとか、手錠をかけられている犯人の手首とか、日本では、個人の尊厳で守られている部分が、報道されているのです。
日本だと当たり前に守るべき個人の権利や尊厳では、ちょっとお隣の国に行けば、21世紀でインターネットや飛行機で近くになっているとはいえ、こんなにも解釈が違うだと、改めてびっくりした私でした。
最後に、心から地震で亡くなった方達の冥福をお祈りいたします。