わたしが今世でやりたいことのテーマは、

精神性(スピリチュリティー)を高めること。


かつて、マイク・マクマナスさんの書かれたソースという本を読み、そのセミナーに参加したときにでてきた言葉でした。





そのセミナーを主催されていたのは、安藤さんという男性の方で、かつて「ユダヤ人大富豪の教え」などの著書で著名な本田健さんが、


安藤さんが主催する、ソースのワークショップに参加し、ワクワクすることを見つめる中で、作家になりたい、本を書きたいということに気づき、そこから今のようなベストセラー作家になられていったと知りました。


2019年、偶然にも移住した長野県の富士見という町から電車で10分ほどの町に、安藤さんが住まわれいると知り、これはシンクロだなと感じ、ワークショップを受けにいきました。


たくさんの自然に囲まれたお宅でびっちり朝から夕方までの2日間、自分のソース(ワクワクの本質)を見つけるということで、じっくり時間をかけて自分に向き合う時間をいただきました。


安藤さんは、とても静かで穏やかなエネルギーの方で、一緒にランチを食べたり、ほっとした時間の中で、過ごすことができました。


最近、この精神性を高めるについて、

私が長年の間、勘違いというか思い違いをしていて、それが元で、ずいぶん苦しい思いをしたなと感じていて、もしかしたら、あてはまる方もいるのかな?と思い、今日の記事を書いてみることにしました。


精神性を高めるというのは、わたしの今の結論は、

自分の完全性を思い出し、どんな自分も、そのまま愛するということです。





それまでのわたしの解釈は

キリスト教にあるように、与えよ、さらば与えられん、という言葉のように、他人に与えるということ、さらには自分が苦境の中でも、耐えるような精神性を育むことだと思っていた時期がありました。


シンプルにまとめると、

他人に与えて

辛い状況を耐えていくということ


それらをできる人は精神性が高いのだと思っていました。どちらかと言うと、無意識で。


そう信じていく背景にあったのは、これまでの西洋圏の人の書かれた本は、他人に与えることが神聖である、というような記載も多く、私も鵜呑みにした部分がありました。



でも、西洋と日本では、文化的背景が大きくちがいます。西洋は、どちらかと言えば、個人主義、まず他人よりも自分を大事にする前提があります。


一方、日本には利他の精神があり、自分よりも他人を大切にすることに美徳を感じると言う文化的背景があります。


もちろん、すべての日本人に利他の精神があるわけではなく、人の気持ちを敏感に感じ取ったり、子供の頃に人に親切にしなさいと教育を強く受けてきた人に多いように思います。


そんな日本人が西洋の人が書いた本を読み、精神性を高めようとして、より利他を務めるとどうなるか。


苦しくなります。


なぜなら、もともと利他が強いに、そこにさらに利他を務めるあまりに自分のニーズを置いてきぼりにするようになるからです。


そして、自分の心の中から聞こえてくる声を無視して、他人から好かれるように、他人から喜ばれるように頑張ろうとすればするほど、自分の内側からの声は聞こえづらく、マインド思考によって自分の行いをコントロールしようとします。


これは、我慢が募る生き方です。そしてこれからの時代には合わなくなってくるそんなふうに感じています。


自分を大切にすると言うのは、自分の内側から聞こえる声を大切にしていけるということです。


自分の内側から聞こえる声と言うのは、自分の中にしか生まれることのできない独自性です



この独自性を認めて、自分を自由に表現していく時、初めて自分以外の他人が自由にその人自身を自由に表現していくことを許すことができます。


それが真の利他だと思います。


自分を愛し、他人を愛する。大元はひとつであるわたしたちが、この世界で自由に自分を表現して生きていく、新しい時代を生きる、私たちのお役目かなと感じます。