世界に冠たるバッグのハイブランドといえば、どこでしょう?
グッチ? ルイ・ヴィトン? プラダ?
それらを押しのけて、ワタクシの中で、断トツのハイブランドなイメージがあるのは、
なんといっても、
エルメスです。
グッチもヴィトンもプラダも、街を歩けば、それなりによく見かけます。
でも、エルメスのバッグを普段使いしている人は、ほとんど見たことがありません。
いわく、中古でもン十万円する。
いわく、半年待たないと手に入らない。→これは国内の工房系ブランドでもありますが……
いわく、エルメスのユーザーは「信者」となる。
たぶん、ワタクシは一生、手にすることはないであろうバッグ。
実際にはほとんど見たことがなくても、それが恐るべきハイクオリティのバッグであることは、ワタクシのような庶民にまで、あまねく知れ渡っている。
それが、エルメスです。

直接触れることなど想像もできない、雲の上の存在。
ところが!
今なら、なんと、その雲の上の存在の、しかも工房の仕事を、東京で、覗くことができるのです!!!
東京・表参道で、3月19日まで開催中の「エルメスの手しごと展」。
フランスの工房から、様々なジャンルのベテラン職人さんがやってきて、ワタクシたちの目の前で、お仕事をしてくださる!
こんなチャンスを、逃してなるものでしょうか。

ワタクシは、ほとんど小走りで、JR原宿駅から表参道ヒルズまでの一直線の道のりをぐいぐい進みました。
地下三階の会場で、まず正面にいらっしゃるのは、鞍職人さん。
エルメスは、もともと馬具メーカーだったんでしたっけ?
会場入り口の正面の広いスペースで堂々とワタクシを迎えてくださる様子に、ブランドの歴史を背負ってきた誇りを感じます。

今、馬具のニーズって、どれくらいなんでしょうね……そしてエルメスは、その世界でどれほどのシェアを持っているのか……
実は、意外に、単価とか利益率が高くて、業界トップシェアで、今でも経営の柱なのかもしれませんが。
現在、エルメスというブランドで、まずイメージされるのは、バッグやスカーフやネクタイです。
けれども、やはり、スタート地点は大切にされているのですね。
ちなみに、万年筆から始まったパイロットの売り上げを牽引するのは、今ではフリクションやアクロボールですし、
高級陶器のノリタケは、現在の主力は工業機材やセラミック製品で食器の売り上げは1割に満たないほどですし、
麻製品からスタートした帝国繊維は売り上げの7割が防災機器によるものですし、
創業時とは違う事業が現在の屋台骨を支える事例は、日本でも枚挙にいとまがありません。
それでも、パイロットは万年筆を、ノリタケは食器を大切にしているし、帝国繊維はネットショップで自社のリネン製品を販売し続けています。
エルメスの馬具も、きっと同じなのでしょう。
さて。
鞍職人さんの技術にエルメスの歴史を感じたら、
いよいよ、
ワタクシのメーンの目的である、
バッグの皮革職人さんのところへ移動します!
エルメスの革職人の技術といえば、
https://www.youtube.com/watch?v=zctpRVKkJh4
こんなのとか、
https://www.youtube.com/watch?v=sSDKLHnkzOA
こんなのとか、
レザークラフター憧れの動画がいくつもありますが、
それを、ナマで見られるのですよ!!
向かって右側のブースに……いらっしゃいました!!

赤い小さなバッグを縫っておられます。
右手には、針と菱錐。左手には、針のみ。
左膝に立てかけて、右膝で押さえたポニー(パンスと呼んでおられるようです)に革を挟み、
菱目打ちでつけた穴に菱錐を刺して、それをガイドに左手の針を穴に通し、
右手で針を引き抜いたら右手に持った針を同じ穴に通して、
両側から同じ強さで糸を引き……
鮮やかな速さで、着実に縫い上げておられます!!
今回、動画の撮影は禁止されていましたので、静止画で手元を狙いました。
邪魔にならないよう選んだ小さなしょぼいデジカメのシャッターのタイミングが遅くて、なかなか刺すシーンを撮れません……

職人さんの傍らには通訳の方が控えておられ、
なんと!
質問にお答えいただけるとのこと!!
この職人さんは、エルメスでのキャリアは27年。
エルメス入社前に2年、革の専門学校で学び、2番の成績で卒業したそうです。
ところが、入社して、愕然としました。
「先輩に比べると、自分の技術が未熟であることを思い知らされた」のだそうです。
エルメスに入社してからは、1年から1年半ほど、ひたすら訓練。
まずは、サドルステッチという、2本の針で直線縫いする一般的な縫い方を徹底的に練習します。
端革をナイフで切って、接着し……このときの糊の塗り方も、厳しい水準が要求されます。薄く均一に、しっかり塗るのも技術なのです。
そして、チリを落として、菱目打ちで縫い穴をマーキング。
ええ。マーキングです。ここ重要。
エルメスでは、菱目打ちは「縫い穴の印をつける道具」であって、「縫い穴をあける道具」ではないのです。
だから、菱目打ちの刃は、厚革には貫通しないであろう長さしかありません。
貫通させるのは、右手に持った菱錐の役目なのです。
四角い菱錐を、一定の角度に傾け、革に対して垂直に、スッと刺す。そして、左側の針が見えない状態で、菱錐をガイドに針穴に通す。
う~ん。難しそうです。
サドルステッチを習得したら、続いて、コバを蜜蝋で仕上げるロウ仕上げを徹底的に訓練。
そののち、カードケースなどの小物から製作をスタートし、先輩についてバッグを作成。しかし、この時点では、まだ作品は商品のクオリティに達しないため、すべて壊されてしまったそうです。
独り立ちして商品を作れるようになったのは、入社してから1年半ほど経ってから。
それから四半世紀たった今も「いまだ修行中です」と、より高みを目指しておられます。

バッグづくりで最も難しいのは、作品を組み立てて形にするところ。ほんの少しでもゆがんでしまえば、バッグ全体の雰囲気が壊れてしまうためです。
そして、やはり、肝になるのはステッチの美しさ。縫うだけなら10分もあればできるけれど、同じ強さで縫い続け、美しい縫い目を作り上げるのが難しいそうです。
左右対称の部分は、縫い目も一目たがわず左右対称に。「若い職人は一目ずれた程度ならごまかそうとして縫い上げるが、ベテランの目から見たら一目瞭然。全部やり直しです」と、厳しい世界です。

裁断担当は別にいますが、裁断されたパーツを縫い上げ金具を付けて仕上げるのは、一人の職人が最初から最後までやるそうです。
バッグ一つを縫い上げるのにかかる時間は、20~25時間ほど。ほぼ3日がかりですね。
バッグの芯地も、すべて革を使います。
この日、縫っていたのは、「コンスタンス」という小さなハンドバッグ。
素材は「ボー・エブリン」という型押しされた子牛の革です。
表革の裏には、コットンの接着芯(熱接着だそうです)が貼られ、その上に黒い革の芯が貼り付けられました。
このときは、木工用ボンドに似た見かけの接着剤を使います。
そして、縫い代を、漉き用のナイフで、薄く漉いていきます。
その手つきの鮮やかさ。
この漉き用のナイフは、金属の板から作ってもらったそうです。
菱錐も、捻引きも、道具は自分が使いやすいようカスタマイズしているとのこと。
中には、大阪で買った糸切狭もありました。
職人さんのお道具を拝見するのも、醍醐味ですね。

漉いたら、ゴムノリ系と思われる接着剤を筆で塗り、革同士を張り合わせます。
そうして、見事なサドルステッチで縫い上げたら、コバ仕上げ。
紙やすりで成型し、熱した電気ごてで均します。
続いて、染料を丸錐で塗って……ここは、職人さんによっては筆やスポンジのようなもので塗る人もいるそうです……また、電気ごてで均します。
そして、糸に入れたのと同じ蜜蝋100%の塊でコバにロウを塗り、コットンの布で磨いて仕上げます。
コバの形が納得いくまでこの作業を繰り返し、3~4回は繰り返すそうです。
見た感じ、革の鞣しはクロムも入っているかな? という印象でしたが(実際はどうかわかりません)、コバは美しく仕上がるのですね。
水分でタンニンをあげて固めるという工程ではありませんが、きっちりコバ仕上げができる革のようです。
持ち手などは、染料を入れたら、電気で熱した捻引きで捻を入れます。つまり、表と裏の両面から熱と圧力をかけてコバを押しつぶして固めるわけです。捻を入れたら、電気ごてで均し、ロウを入れて仕上げます。
なぜ、コバが美しいとわかるかというと、
作業中、パーツを職人さんが観客に回して、見せてくださったからです!!!
生まれて初めて、たぶん一生に一度、エルメスのバッグを、触りました!!!

ついでに縫い目も見ちゃおうっと。
美しい。
長いものは途中で糸を継ぐそうですが、継いだ跡が、まったくわかりません。
ポケットの縫い目は、芯材を貼った裏側で玉結びして、ボンド系の接着剤を塗って糸止め。
表面で縫い終わりが見える場合は、縫い戻って糸を切り、縫い終わりの目にボンドを丸錐で入れていらっしゃいました。

じ~~~っと見ていたら、
なんと、
「サドルステッチをやって見たい人はいるかい?」と、職人さんが!!!
通訳さんが「サドルステッチをやってみたい人はいまs」まで言ったところで、食い気味に「はいっ!」と、手を挙げました。
左ひざにパンスを乗せて、右ひざでおさえ、革を挟んで、
両手に針を持ったら、右手の菱錐で、スッと革に穴を…………
……………あ、開かない。
あれっっ?
職人さんは、すっすっと、なんの抵抗も感じさせずに、革に菱錐を通していたのに?!
とってもよく研いであって、切れそうな形の菱錐だから、楽に通るだろうと思ったのに?!
悪戦苦闘して菱錐を通したら、左手の針を穴に…………
……………み、見えなくて、通らない。
ぐぬぬぬぬ。
体を曲げて、左手の針を確認しながら、不格好に針を通します。
右手で引き抜き、右手の針を通して、糸を引っ張る。
おし。もう一回じゃ!
……あ、開かない。
……み、見えない。
ぐぬぬぬぬ。
10目ほど悪戦苦闘し「そろそろいいですか~」と言われてしまったので、終えました。
左手の針を通した裏側の縫い目は、ガタガタ。菱錐をまっすぐ刺せなかったんですね……
「動作が、よくないね。右腕は、肘から先をまっすぐにして、菱錐を通さないとだめだ。間違った動作で作業していると、手首や肘を痛めることになって、職人として長続きしない。まずは正しい動作を身につけなければいけないよ」
いただいた盛大なダメ出しが、これほどうれしかったことはありません。
エルメスの職人さんに、縫い方、教えていただいたのです!!!
レザークラフト歴、1年ちょっと。実際は、時間があるときに、ちょっとずつしか作業していない、超ド初心者のワタクシが!!!
エルメスの、キャリア27年の、職人さんの、ご指導を!!!
涙が出そうにうれしかったです………
よし。これから、縫い方、練習しよう。
勝手に尊敬している革作家さんが、A4の革を端からず~っと縫い続ける「縫い目ドリル」を今でもなさるそうですが、
あれは本当に正しいことなんです。優れた職人さんの証なんです。技術の礎は、基本が一番大切なんです。
職人さま、エルメス様、本当にありがとうございました。
さて。
会場には、ほかにもたくさんの職人さんがいらっしゃいます。
エルメスといえば、スカーフ。バブル華やかなりしころは、OLさんは一枚はエルメスのスカーフを持つのがステータスだったそうですね。もはや歴史の一幕ですが。
エルメスがスカーフを作り始めて、今年で80周年だそうです。
そのスカーフは、多色刷りのシルクスクリーンプリント職人さんが一色ずつ染め上げます。
………ここ、人が多すぎて、作業を見ることができませんでした。
が、ほんの少しでも印刷がずれたものは、すべて集められ、断裁されて、クッション材などとして再利用されるそうです。
「だから、エルメスには、アウトレットはないのです」
さすが、お値段が高いだけの理由は、ちゃんとあるのですね。
そうして染められた布は、縁かがり職人さんが、一枚一枚、手縫いで縁をよりぐけで縫い上げます。
角は、額縁仕立て。
生地をよる幅は、すべて手の感覚で決めますが、寸分たがわず基準の幅によりあげるとのこと。
一枚縫うのに通常1時間ほどですが、この職人さんは40分で四方をかがり終えるそうです。

ほかにも、日本人女性の陶器の絵付け職人さんや、

とてもノリがよい手袋職人さん、

親切な時計職人さん、

ネクタイ職人さんなどのお仕事を拝見することができます。
クリスタル職人さんは、VRで拝見できる仕組みでしたが、列ができていたのであきらめました。
彫金の石留職人さんは、顕微鏡をのぞきながらの作業。
その顕微鏡をのぞかせていただくと、無数のダイヤのきらめきが、さらに金属で輝きを増すように、正確に一粒ずつ留められていました。

石留めに使う工具の使い方も、一つ一つ図に描いて説明してくださる親切さ。

エルメスというブランドの、仕事にかける誇りを、それぞれの職人さんから、しっかりと感じ取ることができました。
単に作品を見るだけでは、絶対に得られない、ブランドの技術の高さに対する感動。
これが、入場無料で得られるのです!
さすがエルメス。太っ腹。
こうして、素晴らしい技術を目の当たりにし、
やっぱりエルメスって世界に冠たる一流ブランドなのねぇ、と実感し、
それなら、さぞかしエルメスのバッグが欲しくなっただろうって?
いやいやいやいや。そこはですねぇ。
ピラミッドの建築技術ってすごいなあ、と、感動しても、じゃあ我が家の寝室にも一つ欲しいわ! と、思えないように、
運慶の仏像彫刻ってすごいなあ、と、感動しても、じゃあ我が家のリビングにも一つ欲しいわ! と、思えないように、
エルメスの技術ってすごいなあ! と、感動しても、
バッグ欲しいわ! とは、
ワタクシ、どうも、つながりません。
ワタクシにとって、エルメスとは、
ピラミッドや運慶の仏像と同じように、
自分とは、そもそも世界がまったく違うものだと、
深く刻まれているようです。
ご、ご、ご、ごめんなさい。