最近は日課として「音読」を続けている。
朝晩に10分程度を目標に行っている。
なぜただ黙読するのではなく、なぜ音読を続けているかといえば、そこから黙読に比べて得られる効能が大きいからだ。
具体的なソースもあるのだが、私自身が実感できるものとして、
・声に出して文字を読むことで前頭葉の動きが活発になり、日常の動作が楽になる。
・文章を身体的行為を通して脳に入力することで、スラスラと言葉が出てくるようになる。
・飛ばし読みができないので物語がすっと頭に入ってくる。また、描かれている情景が脳内で映像化しやすくなる。
といったものが挙げられる。
私は若干発達障害の傾向があり、自律神経の乱れや衝動的な行動に振り回されてしまうことがたびたびあったのだが、音読を続けているうちに自分の感情に振り回されるような事態が少なくなってきたように思う。
そういった悩みを抱えている人勿論、抱えていなくとも音読から得られる恩恵は非常に多い。実際に声にだして読むということは「能動的行為」であり、気を抜くとテレビを見ている時のようにただ漫然と文字を眺めていることになりがちな読書という行為をスポーツのような積極的な身体行為へとギアチェンジさせることができるのだ。物語の登場人物になりきって大げさに演技してみるのも中々楽しい。明治大学教授・斉藤孝さんの著作の中では音読の面白さ、効能が強く主張されている。氏の「音読破シリーズ」は夏目漱石、芥川龍之介といった日本文学の古典的作品を音読で読破しようというシリーズであり、漢字全てにルビが振ってあり注釈もあって非常に読みやすい。私はこのシリーズを太宰治以外全て入手して読みまくっている。おすすめです。
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自分の哲学を持つ人は強い。
周りの状況に対して柔軟に対応する能力も確かに時には必要だろう。しかし、そのたびに自分という軸をふらふらとさせていては心許ない。そこに確固たる「自分」はいないからだ。
イチロー選手がまた一つ偉大なる記録を達成した。イチロー選手は記録達成についてのインタビューで「僕は小さい時から周りにバカにされてきました。プロになんてなれるわけない、メジャーで通用するわけない、そういった周りからの指摘を見返し続けてきたことが僕のこれまでの道のりです。これからもそういった目標をクリアしていきたいです」というような旨のことを述べていた。もしイチロー選手が周りの無理という言葉に従っていたらこのような大記録は生まれなかっただろう。孤立無援の状態でも、決して自分を曲げないこと。その大前提として、確固たる「自分」という哲学が必要になってくる。
ではどうすれば自分独自の哲学を生み出すことができるのか。まずは、本を読むに限る。それもできるだけ手広く読むことだ。最初から一本の線を描くのではなく、まるでデッサンでもするかのように何本の線を引きまくり、その一番近似値に近い一本を最後に引く。この繰り返しで自分というものは形成されていくのではないか。そして、それは決して他人の手によるものではなく、自分によって成されねばならないのだ。
