31番札所・竹林寺~34番種間寺までは高知市内だし、さくさく廻れると思っていました。
しかーし、甘かった。
地図上の直線距離はそうでもないのですが、道が入り組んでいたり、細くて走りにくかったり、何より山寺だったりと、高知のお寺さんはとっても手ごわかった!
32番禅師峰寺も小山の上。マーチくんでよろよろ上って駐車場に停めて、さてと入り口を見ると石段。
御本堂は、さらに上のようです
高知のお寺はおばちゃんには過酷だわ
石段を上がっている最中、ドーンという震動音がしていたのですが、本堂前に上がって音の正体判明。
太平洋の波音だった
すぐ脇の道路を走っていた時は音は感じなかったのですが 震動音って、上方に響くみたいですね。
こちらのお寺は仏像もないし、さくっとお参りして、次。
33番雪蹊寺。こちらには重文指定の仏像がいくつかあります。事前予約が必要とのことだったので、県立博物館で予約電話を入れておいたお寺です。
こちらは山寺ではありませんでしたが、ちょっとばかり分かりにくい場所にありました。
泰神社と隣接していたところからして、元は神仏習合の宮寺だったと思われます。
納札所で予約のことを申し出、本堂裏手の収蔵庫に案内してもらいます。
コの字型の台。入口から真正面、及び入口横のコの字の両横棒に当たるとこに十二神将が数体ほど。うち何体かは重文指定です。コの字の縦棒に当たるところには薬師三尊。
この薬師様、お顔立ちがとしていて凛々しい。薬師如来は病を癒す如来さまですが、何というかゴッドハンドの外科医のように、この薬師様だったらきっちり治してくれそうと感じさせるお顔立ちです。両脇の日光・月光菩薩も腰の捻りっぷりが色っぽく、重文指定納得の美しい三尊像です。
そのお隣は毘沙門天三尊。
毘沙門天、吉祥天、善膩師童子。この三体は親子になぞらえられているそうで、毘沙門天・吉祥天が夫婦で善膩師童子が子供。但し、大きさから言うと、マグマ大使状態(と言って分かる人はどれだけいるだろう・・・)。毘沙門天だけが二回りほど大きく、吉祥天と善膩師童子は50cmくらいの小さいサイズです。
毘沙門天は闘神らしい力強さ。昭和の暴れん坊って感じで、
「若山富三郎か、勝新入ってない?」
と私。
「朝青竜だろう?」
とTさん。
収蔵庫のお隣は長宗我部信親の墓所。
21歳の若さで戦死した元親の長男らしいのですが、
「お父さま、美武将になってますよ?」
と教えてあげたい私なのでした
ここで、ちょっと休憩。近くにあった喫茶店でお茶です。
楓の木というカフェ。
ケーキセットを注文。
ケーキは手作りらしく、キャロットケーキは素朴な味がしました。
次の34番種間寺はちょっと離れていました。高知市内ですが、平成の大合併前は春野町だったようで、近くに春野町の庁舎もある様子。
田舎の方に走っていたので山寺かと警戒しましたが、幸い平地のお寺。
こちらも仏像はないので、さくさくお参り(仏像がないと途端にテンションが落ちる私たち)
ところが、ご朱印でちょっと手間取りました。
というのも団体さんが前にいらして、大量のご朱印&白衣への朱印押しを依頼されていたからです。
推定年齢50歳後半の恰幅のいいお坊さんがハンコ押しマシーンと化して、団体さんのご朱印をさばいている隣で、推定年齢20歳前半の若いお坊さんが個人分のご朱印を書いてます。
この若い坊さまがだった
坊主や水泳選手とかのストイック系のスキンヘッド・フェチな私には眼福
しかも、この坊さまの書いて下さったご朱印、かっちょええ
これ、33番~36番札所まででいただいたご朱印です。右から二番目、種間寺のご朱印が群を抜いてスタイリッシュです。
イケメンな上に字まで上手いとは
是非、立派なご住職になって明日の仏教界を背負ってくれ、と陰ながらエールを送るおばちゃんな私たちでした。