【7】想いは雪よりも白く | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


 梅雨入り前の晴天が広がる、ある日。昼休み時間に、廊下で声を掛けられる。

 「美緒っ!」
 「どうしたの? そんなに急いで」

 向こうから息を切らせて走ってきたのは、中学校から一緒の池田香織。明るくて活発で、おまけに目鼻立ちの整った美人。

 「体育館に付き合って!」
 「え? だって、あと五分で休み時間終わっちゃうよ?」

 丁度、教室の壁掛け時計が目に入った。今から行ったところで、すぐに帰ってこなくてはならない。

 「それでもいいの! 今ね、片山先輩が練習してるんだって! どうしても見たいのっ!」

 興奮しきりの香織に腕を引かれる。これではついて行かざるを得ない…。

 (あれ? そういえば、なんとかいうアイドルに夢中じゃなかったっけ?)

 女心は移り気だ。聞くだけ無駄か。

 「ほら、見て!シュート練習してるっ」

 練習しているのは、片山だけだった。バスケ部の練習を見ようとするのは、入学間もない頃に一度だけあった。それからは来たことがない。
 始業時間が近いせいで、美緒と香織以外で見学に来ている女子生徒はいない。だから当然目立つわけで…。

 「おい! 予鈴は鳴ってるんだぞ! 早く教室に戻りなさい!」

 案の定、バスケ部の顧問に注意された。

 片山が、こちらを見ている…?
 せっかくのチャンスなのに、香織は気付くどころか、顧問の声量に飛び上がり、「ごめんなさーい!」と逃げるように体育館を出て行ってしまった。それも、連れてきた美緒を置き去りにして。

 顧問は、扉から覗くだけで大人しくしていた美緒には全く気付かない様子で、片山に片付けを任せると、反対側の出口から校舎へ戻っていった。

 (あっ! 私も戻らないと、間に合わない)

 我に返って教室へ戻ろうとする。

 ボンッ!
 背中に何かが当たった。数回床で弾んで転がる。

 何事かと、屈んでボールを手にし、顔を上げる。片山が、真っ直ぐに美緒を見ていた。

 「…あの?」

 黙っている彼に声を掛けた。相手から何かを言って欲しかったが、仕方がない。

 キーンコーン♪
 とうとう、本鈴が鳴ってしまった。

 「チャイムが! すみません。失礼します」

 一度も、まともに話したことがないのだ。それ以上の言葉はない。手にしていたボールを床に置き、頭を下げた。
 美緒が背を向けた瞬間、片山は動いていた。

 「きゃ――…!」

 突然掴まれた腕に驚いて振り向く。背の高い片山が、すぐ近くに立っていた。

 「やっと、会えた」

 確かにそう呟いた。まるで美緒を探していたような口ぶり。でも、探されるような心当たりは全くない。
 彼女が困っているのは、片山にもわかった。

 「俺は、2年の片山真也。君の名前を教えてくれないか?」
 「1年3組、川村美緒です」

 名乗ったところで、さすがに教室へ戻らないとマズイと感じ、美緒は再び片山へ目を上げる。

 「すみません、先輩。もう、教室に戻らないと…」
 「放課後に、会えないか? 今日は部活が無いんだ。だから、誰も来ない。ここで待っているから」

 そう言って、手を放す。
 美緒は、もう一度頭を下げた。
 足早に戻っていく美緒の背中を、片山はじっと見つめていた。

 放課後を迎えて、誰もいなくなった教室。美緒は一人、机に突っ伏している。
 友達の香織が好意を寄せている、あの片山に呼び出されたのだから、困惑するのも無理はない。

 香織が戻ってから、昼休みに体育館で起きた事は、彼女に話していない。妙に疑われても嫌だったから言わなかったが、後に、それが却って自分を苦しめることになる。


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