小学生の頃に、父が他界した。
そして先月、長年の苦労が災いして、母も突然の病で亡くなった。
「川村さん! 今後のことを考えてもらわないと困るよ。お母さんも亡くなってしまったし、まだ十六歳の娘さん一人じゃあねえ」
五十歳代らしいのだが、すっかり禿げ上がった頭と顔のシワで、一層老けて見える男性。アパートの大家である。
ただでさえ声が大きい人なのに、輪を掛けて玄関口で声を張り上げている。
残された高校一年の一人娘、川村美緒(カワムラミオ)は、責められていることが恥ずかしくて俯いてしまう。顔を真っ赤に、涙ぐんでしまい…。
「ああ。泣かれてもねえ、困るんだよ」
ここで暮らして三年が経つ。更新月ということもあり、一人残された美緒を追い出すつもりだ。
「あのっ。私が高校を卒業するまでの間の家賃は、母が遺してくれています。…大家さん。どうか、このまま置いてください。お願いします」
母親が生きていた頃は、家庭菜園で採れた野菜を分けてくれるなど、優しい面を見せていた。それなのに、子供だけになった途端、あっさりと手のひらを返してきた。
まあ、近所では〈大家の下心〉と言われていたのだが…。
「そんなこと言われてもね。これからはアンタ一人だろう? 何か問題でも起されたら困るしさ。保証人、いるの? 親戚とか」
美緒は、黙って首を横に振る。頬ならず、耳まで真っ赤。手の甲で涙を拭いた。
子供だから信用してもらえない。それくらいは美緒にも理解出来る。
だけど――。
「何の騒ぎですか? 階下(した)まで聞こえていますよ」
丁度、仕事から帰宅したばかりの隣人が声を掛けてきた。
大家は振り返り、愛想笑いで通路を譲る。
「いやあ、牧村さん。お帰りなさい」
牧村という隣人を、美緒はこの時初めて見た。
二十歳代半ばといったところだろうか。柔らかそうな黒髪の、優しい雰囲気を持つ男性だった。
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