次の日、また早く出社をして、岩田さんを待ち伏せた。
彼が異動した三階までは、エレベーターを使うはず。だから、上がってくる人を見ていなくてはならないのだが、まさか、真正面で待つわけにはいかない。
私は階段の壁に背中をつけて、息を潜めていた。エレベーターが動く度に、顔だけを僅かに覗かせて、誰が乗っているのかを確認する。
エレベーターを降りてから、総務の扉までは十歩もない。岩田さんを捕まえるとすれば、一瞬が勝負だった。
(彼一人で、上がってきますように――…)
願いながら、エレベーターが動くのをひたすら待つ。
五分くらいが経過しただろうか、ゴウン…という音が聞こえた。顔を上げ、止まる階を確認する。二階を過ぎ、三階に止まる音…。
開いた扉からは、俯き加減で岩田さんが一人で降りてくる。私は、彼の前に反射的に飛び出していた。
「……!」
岩田さんの表情が固まっている。
私から声を掛けなくとも、私の姿を見ただけで、理由は解るのだろう。もう既に総務部には数人が出社しているし、今ここで騒がれても困るといったところか。
“こっちに来い”とばかりに、廊下の奥へと乱暴に腕を掴まれた。私がたまに息抜きをする、配管やダクトだらけの屋上だ。
扉を閉めた瞬間、岩田さんが口を開いた。
「何の用? 話なら、もう済んだだろ?」
いつもながらのダルそうな顔で、私を見下ろす。
きっと、彼と面と向かって話が出来るのは、これが最後なのだろう。ほんの短い間でも、好きになった人。私を、好きだと言ってくれた人。…それが、何かのきっかけで、こんな風になってしまう。人間の気持ちって、残酷だな。
「私はまだ済んでないよ!」
「今更、何を話すっていうんだよ」
「何、って…。電話であんな事言われて、“解った”なんて言えるはずないでしょう?」
「結果は同じなんだから、電話だって良いだろう」
頭を掻きながら、深い溜息をつく。
「…会って話すの、面倒だったんだよ。」
これが、岩田さんの本音だった。
私の全てが、面倒だったのだ。
「――ひとつ、聞いてもいい?」
黙ったまま、私を見つめる。――感情の無い眼差しで。
「本当は、ずっと以前に、私達終わっていたんだよね?」
「…そうなるのかな」
「じゃあ、どうして私を抱いていたの?」
彼の眉が動く。
予想外の問いかけだったのだろう。視線を外し、壁や景色へと移している。私は言葉を止めず、彼に目を向けたまま。
「最近まで、抱いていたよね? 飽きたのに身体だけ求めるって、随分と都合良くない?」
「――っ、そんなんじゃねえよ!」
「どれだけ違うって言っても、そう取れるよね」
「………」
「田浦さんの都合がつかない時は、私と会ってたの?」
「変な事言うな!」
気色ばんだ彼は、私を睨んだ。
本音を突かれてカッとしたのか、田浦さんに本気なのか…。
「大体さ、お前、気付けよ」
「…何を?」
「知ってたんだろ? 俺ら終わってるって」
互いに“合わない”と気付いて、擦れ違い始めたというのが、私たちが終わった原因。
ありふれた別れの理由なのに、私が彼が出し続けた“飽きた”サインを見過ごしていた事に苛ついて、悪循環となっていたようだ。
恋愛上級者ならば、岩田さんを苛つかせず、綺麗に終われたのだろうか。
彼は最後まで苛々としていて、腕時計に目を落とし、扉へと歩いていく。
「時間だから、行くぞ」
言ってからは、一度も私を見ず、背中を向けた。
「田浦さんって、本当にヒロくんだけを想ってるの?」
意味深に投げかけた。言うつもりなどなく、言葉が勝手に出てしまった。
まだ、安部課長と不倫の関係にあるかもしれない、彼女の噂話に触れそうになった私は、意地の悪い女だ。それ以上を言うつもりはなく、口を噤んで彼の出方を待つ。
案の定というべきか、彼は私を蔑んだように見下ろしていた。…もう、何も言ってくれない。
――ガチャン
重い金属の扉が閉まっても、私は涙ひとつ出なかった。
あっけない。恋が終わるって、こんなものなのか? 優しい言葉ひとつ交わさずに…。
結果として、関係が拗れた原因は、“彼の変化に対応出来なかった私”という事のよう。
「……本当に、捨てられちゃった…」
最後の一言は余計だったと、失言だったと、自分でも判る。出来ることなら、もっと綺麗に終わりたかった。せめて岩田さんとは、面と向かい、「さよなら」と終わらせたかった。
冷ややかな眼差しが、私の心を刺したまま。先の見えない苦い毎日を、もがく事しか出来なかった。
・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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