【114】キレイな最後を… | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


 次の日、また早く出社をして、岩田さんを待ち伏せた。
 彼が異動した三階までは、エレベーターを使うはず。だから、上がってくる人を見ていなくてはならないのだが、まさか、真正面で待つわけにはいかない。

 私は階段の壁に背中をつけて、息を潜めていた。エレベーターが動く度に、顔だけを僅かに覗かせて、誰が乗っているのかを確認する。
 エレベーターを降りてから、総務の扉までは十歩もない。岩田さんを捕まえるとすれば、一瞬が勝負だった。


(彼一人で、上がってきますように――…)

 願いながら、エレベーターが動くのをひたすら待つ。
 五分くらいが経過しただろうか、ゴウン…という音が聞こえた。顔を上げ、止まる階を確認する。二階を過ぎ、三階に止まる音…。
 開いた扉からは、俯き加減で岩田さんが一人で降りてくる。私は、彼の前に反射的に飛び出していた。


「……!」


 岩田さんの表情が固まっている。
 私から声を掛けなくとも、私の姿を見ただけで、理由は解るのだろう。もう既に総務部には数人が出社しているし、今ここで騒がれても困るといったところか。
 “こっちに来い”とばかりに、廊下の奥へと乱暴に腕を掴まれた。私がたまに息抜きをする、配管やダクトだらけの屋上だ。
 扉を閉めた瞬間、岩田さんが口を開いた。


「何の用? 話なら、もう済んだだろ?」


 いつもながらのダルそうな顔で、私を見下ろす。
 きっと、彼と面と向かって話が出来るのは、これが最後なのだろう。ほんの短い間でも、好きになった人。私を、好きだと言ってくれた人。…それが、何かのきっかけで、こんな風になってしまう。人間の気持ちって、残酷だな。


「私はまだ済んでないよ!」
「今更、何を話すっていうんだよ」
「何、って…。電話であんな事言われて、“解った”なんて言えるはずないでしょう?」
「結果は同じなんだから、電話だって良いだろう」


 頭を掻きながら、深い溜息をつく。


「…会って話すの、面倒だったんだよ。」


 これが、岩田さんの本音だった。
 私の全てが、面倒だったのだ。


「――ひとつ、聞いてもいい?」


 黙ったまま、私を見つめる。――感情の無い眼差しで。


「本当は、ずっと以前に、私達終わっていたんだよね?」
「…そうなるのかな」
「じゃあ、どうして私を抱いていたの?」


 彼の眉が動く。
 予想外の問いかけだったのだろう。視線を外し、壁や景色へと移している。私は言葉を止めず、彼に目を向けたまま。


「最近まで、抱いていたよね? 飽きたのに身体だけ求めるって、随分と都合良くない?」
「――っ、そんなんじゃねえよ!」
「どれだけ違うって言っても、そう取れるよね」
「………」
「田浦さんの都合がつかない時は、私と会ってたの?」
「変な事言うな!」


 気色ばんだ彼は、私を睨んだ。
 本音を突かれてカッとしたのか、田浦さんに本気なのか…。


「大体さ、お前、気付けよ」
「…何を?」
「知ってたんだろ? 俺ら終わってるって」


 互いに“合わない”と気付いて、擦れ違い始めたというのが、私たちが終わった原因。
 ありふれた別れの理由なのに、私が彼が出し続けた“飽きた”サインを見過ごしていた事に苛ついて、悪循環となっていたようだ。
 恋愛上級者ならば、岩田さんを苛つかせず、綺麗に終われたのだろうか。
 彼は最後まで苛々としていて、腕時計に目を落とし、扉へと歩いていく。


「時間だから、行くぞ」


 言ってからは、一度も私を見ず、背中を向けた。


「田浦さんって、本当にヒロくんだけを想ってるの?」


 意味深に投げかけた。言うつもりなどなく、言葉が勝手に出てしまった。
 まだ、安部課長と不倫の関係にあるかもしれない、彼女の噂話に触れそうになった私は、意地の悪い女だ。それ以上を言うつもりはなく、口を噤んで彼の出方を待つ。
 案の定というべきか、彼は私を蔑んだように見下ろしていた。…もう、何も言ってくれない。


 ――ガチャン
 重い金属の扉が閉まっても、私は涙ひとつ出なかった。
 あっけない。恋が終わるって、こんなものなのか? 優しい言葉ひとつ交わさずに…。
 結果として、関係が拗れた原因は、“彼の変化に対応出来なかった私”という事のよう。


「……本当に、捨てられちゃった…」


 最後の一言は余計だったと、失言だったと、自分でも判る。出来ることなら、もっと綺麗に終わりたかった。せめて岩田さんとは、面と向かい、「さよなら」と終わらせたかった。

 冷ややかな眼差しが、私の心を刺したまま。先の見えない苦い毎日を、もがく事しか出来なかった。




・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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