【ショート】「気まぐれな傘」 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


::: 追憶の向こう側 :::


夜が深まり始める時刻。
社屋を出れば、冷たい雨。

雨の予報が出ていたから、私は折りたたみ傘を持って来ていた。


少し先に見えるのは、急ぐ様子もなく 雨に打たれながら歩いている、彼の姿。
距離を詰め、ようやく信号待ちで追いつく。

人影もまばらな、大きな交差点。

広げた傘を、彼の上にかざした。
突然雨が遮られ、驚いたように左に顔を向ける。


「考え事?」


目一杯手を伸ばし、彼に当らないように傘を傾けた。
“お前か” とでも言うような眼差しで私を見た後、「まあな」と呟いた。


――信号が青に変わった。

足早に歩き出して、慌てて彼を追いかける。
小走りで追いつき、もう一度傘を傾けた。

立ち止まった、彼。


「なんだよ」
「…雨、濡れると思って」
「いらないよ。もう充分濡れてるし」
「けど…」
「んな小さい傘で、二人は無理だろ」
「………」
「…左側、すごい濡れてるじゃん。俺はいいから、一人でさしてろ」


傘を押し返し、また先を歩いて行ってしまう。

余計なお世話なんだろうとは、解っていたけど…。
放っておけない人だから。
――スキ、だから。

でも、“迷惑”なら どうしようもない。

再び彼との距離を空け、トボトボと歩いていく。


(一緒に帰る口実が 出来たと思ったのに…)


膨らみかけた嬉しさが、急速に消えて…
冷たい北風で、ココロまで冷えそうだ。


横殴りになる雨。
傘を前に倒し、遮られていた視線を上げる。
彼の姿が見えない。
……もう、だいぶ先まで行ってしまったようだ。

はぁっ… 白い溜息をついて、また前へ傾ける。

所詮は、“片想い”。
それ以上追えるばずもなくて、駈け出したい衝動を抑える。
街灯に照らされた、地面を弾く雨粒に視線を落としながら、歩みを進めていく。


ようやく駅が見えた…という場所で、
シャッターが閉じた店の軒先から、人影が飛び出してきた。

驚きはしたが、身構える余裕がなく、足を止め傘を上げて目を向ける。


「やっぱ、入れて」


気が変わった…?
いきなり現れた彼を、キョトンと見つめる。

笑顔も、不機嫌さもなくて、無表情の顔。


「…う、うん。いいけど…」


再び腕を伸ばして、充分に濡れている頭の上へと傘を上げた。

――というか、ここまで来たのなら、駅まで急いだ方が早い気がするけど。


「あのさ… 人を驚かすの、好きだよね」
「えー? そうか?」
「そうだよ。何度目だと思ってるの」
「お前、ビビリ過ぎなんだよ」
「そんな事ないよ。そもそも、驚かす方がいけないんでしょ」


そう言うと、彼は少し頬を緩ませた。


(うん。笑ってる、笑ってる…)


横顔で確認して、私も気付かれないように、俯き加減で微笑む。


::: 追憶の向こう側 :::


「――だからさ」


何が“だから”なのか、話しの腰を折って私に身体を向ける。
傘を私の手から奪うと、丁度良い高さに上げた。


「お前が濡れてるんだって」


確かに、彼を気遣うばかりで、私は頭が濡れないようにしていただけ。
結果、左側どころか、かなりの部分がビッショリだった。

当然、腕に掛けていたバッグも、変色するくらいに濡れていて…。


「これくらい、拭けば大丈夫。…もう駅だし」


言いながらも、内心は「うわ、どうしよう…」だった。
バッグについた水滴を払って、顔を上げようとした。

背中に回された彼の腕が、私の肩を掴んで引き寄せる。
…というより、抱き寄せられた感じだ。


「離れすぎなんだよ」


寄り添うような感じで、傘に納まったのだが――
彼は、どんな顔で私を近づけたのか?
恥しさも手伝い、そっと視線を上げる。

やっぱり。
表情は涼しいままだ。

彼には、どうという事もない距離らしい。


変に意識して、緊張しているのは、私だけ。
解ってはいるけど、寂しい…。


彼の懐に入るようなカタチで、足は止まったまま。

一度放した手が、私の左肩に戻った。

僅かだが力が伝わり、徐々に胸に閉じ込められていく状況が呑み込めない。
向き合っているのに、肩に置かれた手は離さない。

合された眼差しが、違う。
涼しく――ない。


「……近いよ」


悟られないように、短く呟く。
戸惑いと緊張を気づかれたくない。また、からかわれるのは嫌だから…。


「いつもよりは――…な」


更に距離を縮められ、瞳が揺れる。

道路側に傾けた傘の中は、誰の目も届かない。
二人だけの場所なのだと、錯覚に陥る。

決して緩めない、彼の腕の中。
少しだけ屈み、白い吐息が近づいた。


唇の意味を考える… 私。

どう切り出せば良いのかと悩む… 彼。


夜の闇は、重なる 二つの想いを隠した。




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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。(*・ω・)*-ω-)) ペコリ
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