【100】要 求 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


沈黙が訪れると、他のテーブルから上がる笑い声の向こうに、薄らと、外を叩く雨音が聞こえてくる。
窓に面したこの席は、冬の冷たさが僅かに伝わり、頬をほどよく冷ました。

「本当に、好きなんだよ」 ――再び言われた想いに、「うん」とだけ返事をした。

ずっと気になっていた事も聞いてみた。岩田さんから私の事を、何かを吹き込まれたとか…。
軽い調子で探りを入れたから、『もしかしたら、浅尾くんは同情と好意を混同してしまって、私に告白したのかも』――だなんて意図があるなんて、気付いていないだろう。
私の問いに対して、浅尾くんの答えはNOで、様子からも不自然なところは見られない。

…ただ、田浦さんととても親しそうな印象を受けたと、改めて聞いて、またショックを受ける私もいた。

浅尾くんを疑って失礼なのは、百も承知。
私は本当に、自分に自信など無かったから、岩田さんと付き合い始めた頃、少しだけプラスに考えられるようになったし、自信を持ってみようと思うまでになっていた。――が、奈落の底に真っ逆さま。


(ああ、やっぱり私には、残される結末が待っているのかな…)


何度、溜息をついたことか。
でも、浅尾くんのように、見てくれている人もいる。

ホント、不思議なものだ。


私は、どんな恋愛がしたいんだろう。

穏やかな恋愛?
激しい恋愛?
強引なくらいの熱い恋愛?
追いかける恋愛?
追いかけられる恋愛?
スリルがある恋愛?


8歳も離れた岩田さんと違って、浅尾くんは同じ年齢だから、世代の価値感差もない。
話しもしやすくて、とても楽だけど、それだけで判断して良いの?


「……私、一応まだ、岩田さんの彼女だよ?」
「解ってるよ」
「終わるのも、もう…時間の問題だろうけど。まだ、付き合ってるみたい」
「うん。解ってる」


失笑する私を、浅尾くんはずっと見ていた。

彼は、どうにも、私を買いかぶりしているようで…。

この際、浅尾くんに話してしまおうかと思った。
少し前に、岩田さんから言われた、厳しい要求のことを。
…でも、無関係の彼に話したところで、どうになるものでもない。

思い直して、私は勤めて冷静に、浅尾くんのためを思って、自分の気持ちを伝える。
けれど、それに被せてくる浅尾くんの気持ちが辛かった。


「この先、岩田さんと別れても、誰と付き合うとか… 考えられない」
「そこまで、岩田さんが好きなんだね」
「…そうじゃないよ。まだ、この後の男の人がどうとかって、考えられないだけ」
「それじゃあ、俺…また『好きだ』って言うから」


私は、首を横に振った。


「ううん…。ダメなんだよ、私。自分から好きになった人じゃないと、本当に向き合えないの。――だから、ゴメンなさい」


気持ちを込めて、頭を下げた。
浅尾くんを押し止める、私の精一杯の気持ちだった。

岩田さんとは、向き合えなかった。
冷静に思い起こしてみても、井沢さんを超える想いになる事はなく、むしろ、気持ちは冷え込むだけ。

こうなってみて、ようやく気付いた。
私の恋愛はきっと、自分の気持ちありきなんだ。私の想いが先に立たなければ、おそらく上手くはいかない。…要は、自分勝手という事なのだろう。
恋の始まりは、“追われるより、追う方が良い”。でも、想いが叶ったら“追われたい”。――我儘かな。

しかし、浅尾くんは、こんな私に正面から来てくれた人だから、私も正直な気持ちを伝えなければ、失礼にあたる。
のらりくらりと、人の心を軽んじるのは、性に合わない。
だから、彼を真っ直ぐに見つめ、静かに口を開いた。


「浅尾くんの気持ちは、本当に嬉しいよ。だから、“ありがとう”とだけ、言わせて」
「…そんなに、悲しい顔しないでくれよ。よく解ったから」


半分泣きそうな気持ちに、浅尾くんの笑顔が眩しくて、俯くと、指先でそっと涙を拭いた。

浅尾くんは、ある意味晴れやかな表情になって、カップに口をつける。
結果はともかく、気持ちを伝え答えを貰ったのだから、納得をしたのだろう。
二口ほど喉を潤し、視線を私に戻して、“ん?”という目をした。


「椎名さん。…また、痩せた? っていうか、やつれたのかな。顔色も、ずっと悪そうだし。見るたびに痩せていくようで、心配だよ」


私の顔を、覗き込むようにして見ている。
照明の加減で…とも言えなくはないが、浅尾くんは解っているみたいだった。

どう、答えようか迷った。
それこそまさに、岩田さんから言われた、“要求”のことを話すことになるから。


でも、やっぱり―― 言えない。



『太った?』


私の顔を見るなり、岩田さんはそう言った。

太るどころか、体重は落ちていく一方なのに。
友達からは、血色も悪いと言われるし、目眩もする。
生理も止まり、不順になっているというのに…。

そして、次の言葉に耳を疑った。


『お前、45キロ超えたら、別れるからな』


その言葉が私に与えたダメージは大きかった。
彼には、40キロを切るくらいが理想的なのだろう。

特に何もしなくても、簡単に痩せていく。
心配しなくても、彼が限界だという体重を超えることは無いだろう。

でも―― 私の心は、確実に壊れかけていた。


まだ公にされていないが、岩田さんの新しい彼女の田浦さんは、痩せすぎなくらいにガリガリだ。
元々、彼はそういう好みだったのかもしれない。

“もっと痩せないと捨てられる”

彼とは、いつ終わっても良い、仕方がないと思っているのに、「捨てられる」ことが恐ろしかった。
捨てられないためには、痩せなくては――。

強迫的な気持ちに追い詰められ、心が蝕まれていった。




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