【68】朝の騒動 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


どうしようもない、呆れるほどの馬鹿だ。
両目の下には、クマがくっきり。

ちょっと考えてみれば、部屋に私一人ならまだしも、
由里ちゃんがいるのだから、夜の遅い時間になればなっただけ、
誰かが部屋を訪れる可能性は、低くなると判るはず。
・・・それに気付いたのは、朝、顔を洗ってからだった。

慣れない長時間のフライトに、違った環境、
心労から来た疲れが、全て顔に現れている。
あまりの酷い表情に、由里ちゃんも声を失うほど。

これは、どうにかして隠さなければ。
いつもより長く、鏡の前に座る。
両目の血色が悪い部分を入念に隠し、
顔色を明るく、良く見せるように、メイクをした。

メイクとは凄いもので、顔の不都合な部分は隠せてしまう。
まあ・・・。
寝不足のやや赤い目や、しょぼついた感じは無理だけど。


これから空港へ移動し、ラスベガスへ向かうという朝のこと。
ようやく、岩田さんとまともに顔を合わせられたのは、
バスに乗り込む時だった。


「おはよう」


声を掛ける、絶妙のタイミング。
彼の周りには、例のグループはいなかったから、
自然に声が掛けられた。
言いたいことは、たくさんあったが、会社の人達といる手前、
変なことは言えない。・・・そもそも、今言う事ではないし。

微笑んで声を掛けた私だったが、大柄な岩田さんに隠れていて、
彼と一緒にいた人に気が付かなかった。
浅尾くんが、岩田さんの背中から、顔を覗かせた。
この旅行で同室だからか、仲が良いわけではないらしいが、
よく行動を共にしていた。

岩田さんは私に顔を向けると、少し・・・驚いたような顔をした。
目を見開くような、そんな素振りをしたのだ。

立ち止まり、「おはよう」と返してくれた後、
私を見下ろして、口を開いた。


「お前、いつも何処か具合が悪くなるな。
 柏木さんも、アメリカに来てまで面倒見て、大変だな」


それは、どう贔屓目に見ても、
私を “心配していた” という気持ちは感じられない。
動かした眉が、馬鹿にしているとか、憐れんでいるとか、
そういう印象を受ける。


「――それは・・・!
 いつも、由里ちゃんには申し訳ないって、思ってるよ。
 でも、昨日・・・ヒロくんのこと、待っていたのに・・・」


そんな事を言うつもりはなかったのに、岩田さんから、
昨夜のことを切りだされて、つい、言葉が過ぎてしまった。

一拍置くような、短い間合いがあった。
瞬間に、彼の機嫌が悪くなったと感じ、言葉を被せようと、
唇を動かした時に、答えが返ってきた。


「・・・お前、なんでそういう言い方するんだよ」

「私はただ、『待ってた』って、言っただけだよ?」

「――だから! 行こうか、電話しようか、迷ってたんだ。
 そんな風に言われると、気分が悪い」


岩田さんを、怒らせた。
しかし、結果論で言えば、彼は“来なかった”し、
“電話もしなかった”のだ。
してくれた事に対して、難癖をつけて言われたのなら、まだ解る。

これは、いわゆる、“逆ギレ”に値するのではないか?


「――ちょっ・・・! そんな言い方はないでしょう!?」


話の途中から、聞いていた由里ちゃんが、
私を押しのけて、岩田さんに食って掛かろうとする。

彼が、話に割ってきた由里ちゃんに目を向ける。
これ以上騒いでは、目立ってしまう。
・・・いや、もう気付いている人だっているのだから、
ここで話を終わらせたい。


「由里ちゃん、いいから。私は、大丈夫だから・・・」


彼を睨み、見上げる由里ちゃんを止め、
引き離そうとする一方で、浅尾くんも事情が解らないながら、
岩田さんと由里ちゃんの間に割入り、彼をなだめている。

この異変は、周囲へすぐに広まった。
ただでさえ、噂好きな人が集まっているのだから、
「なんだ、なんだ」と、興味に目を輝かせて寄ってくる。

案の定、餌に釣られた形の、笹原さんや坂口さんが、
「どうしたのー!?」と、早足でやってきた為に、
私達は、岩田さんと浅尾くんを残して、バスへと逃げ込んだ。





・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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