【59】もしも、頷けば・・・ | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


結局のところ、不倫とは・・・
嘘をつき通せば、どうにかなるのだろうか。

休み明けに、多部井さんは、旅行のお土産を抱えて出社した。

誰と一緒とは言わなかったが、
小笠原諸島でホエールウォッチングをしたと言っていた。

一方の武内課長も、似たような事を言っていて、
それだけでもう、一緒に旅をした相手を白状しているようなものだ。

楽しかった不倫旅行を、誰かに話したい、
知ってもらいたいのだろうが、相手を具体的にせず、
濁すあたりが、多少の罪の意識や不貞を感じている証なのか。

どちらにせよ、私には関係がない。

私的に付き合いがある訳でなく、仲良くもない相手の揉め事は、
むしろ、面白く聞ける。

キレイゴトを一切抜きで言えば、他人の不幸・・・ではなくて、
ゴタゴタは蜜の味だ。

自分があまり幸せでない時は、特に蜜の味が濃く感じる。


「え~!?武内課長に、ついていっちゃったの!?」


由里ちゃんが、驚きの声を上げた。

それもそのはず。
身持ちが堅く思われていた私が、
武内課長にホイホイとついて行ったのだから。


「信じられない・・・。椎名が、あの人に付き合うなんて」


“有り得ない” と、大袈裟に首を横に振る。


「でも、何もなかったよ!?」

「そりゃあ、解ってるけど・・・って、、あ。やっぱり、誘われたんだ?」

「え!? ん・・・ うん・・・」


返しながら、昨夜のことを思い出していた。

.
.


店を出て、人通りも疎らになった道路へ上がった。

予定通り、課長にご馳走になり、
形ばかりだが、礼を言って頭を下げる。

さて。
もうここからは、長居は無用。

駅の方へと歩きかけて、武内課長が前を遮った。

言葉もなく、ただ行く手を阻まれただけだが、
課長の表情は何処か寂しそうで、不安そうでもあり、
つい、心にもない言葉を言いそうになる。

“もう一軒、行きますか?”
――― だなんて、危険極まりない。


「ソッチには、行きませんからね」


高架下の先の、それこそ人通りが無い方を指さす。
ラブホテルが数軒並んでいる場所だ。

武内課長の、眉の形が変わった。

どれくらいだか、多少の思惑があったのか。
私は “落ちない女” だと知っているはずなのに、
それよりも、今の自分の心を埋める方に動いてしまったのか。

そうだった、というように、頬の力を抜いて笑う。


「解ってるよ」


お世辞にも綺麗とは言えない、川に架かる橋の上で足を止め、
欄干に寄り掛かる。


「椎名さんの好みは、どんな男なんだろうな。
 ――少なくとも、俺は、岩田くんじゃないと読んでるけど」

「そんな・・・ いいじゃん、私のことなんか」

「ちょっと、気になってね。聞かせてよ」

「優しい人とか、価値観が同じで・・・とか、そういうの?
 それとも、真面目な話で?」


一人分の間を空けて、課長と同じように欄干に凭れる。

街灯が少なくて暗い橋の上は、川面に視線を落としても、
黒い水が見えるだけ。

課長は、おどけるような声色で顔を近づける。


「俺は、いつも真面目だけど?」


そういう課長に、何処か天性のものを感じる。
この人は、女性の扱いが上手いのだと思う。

私の中に、真っ直ぐな想いがなければ、
正直なところ、この先がどうなっていたのか判らない。

妻子がいて、不倫相手がいて・・・
さらに遊ぶ相手?になっていたかもしれない。


「んーと、そうだなぁ・・・」
少し考えるようにしてから、私は口を開いた。


「ひとつの事に、信念を持っている人が好きかな。
 私には無いから、無意識に惹かれるのかも」

「・・・へえ。 そういう男が、いたんだ」

「私にも、色々あるんです」


全然可愛くない口調で、言い返した私。
この後、私はあれこれと聞いた。

私達の会社は、噂話好きばかりだ。

そんな状況で、よく私を誘えたものだと、
感心を通り越し呆れを感じる。

私が誰かに、事細かに漏らすことを考えなかったのか?
心配ではないのか、と。


すると、、、


「女の口に、戸は立てられないよ」


余裕すら感じる言い方に、ほんの少しの潔さを感じた。

まあ、私が話を流す相手など、由里ちゃんしかいないし、
武内課長も承知の上だろうが。


その由里ちゃんに、
予兆もなく、大きな変化が訪れようとしていた。





・「この人誰?」と思ったら → 登場人物
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