『逢瀬は、プラットホームで。』 ~ epilogue ~
夕暮れ時を過ぎた頃。
部屋の明かりを消して、ガラス窓から差し込む、
ほんのりとした 外の明るさの中に身を置く。
「いつ、掛けてくるのかな・・・」
呟きながら、携帯のフリッパーを開いた。
画面の上に、小さく表示されている時刻を見ては、
待ち遠しい気持ちになる。
なるべく、携帯の照明で、照らされる室内を見ない。
今の自分を隠すかのように、
全てを暗闇に沈めた・・・。
♪~~ ♪~~~
20分・・・ 30分と時間が経ち、ようやく携帯が鳴った。
フリッパーを開けた画面には、
井沢さんの名前が出ている。
この時を、
彼から掛かる電話を、どれだけ待っていたか・・・。
「・・――― はい・・・」
そう呼びかけた向こう側からは、
時を巻き戻したように、雑踏の音が聞こえてきた。
『・・・ 椎名ちゃん? ・・・ 俺、です』
「あはは。 “です” って、なに?」
『ん、いや・・・ なんとなく』
気持ち・・・ 緊張しているように聞こえた。
井沢さんも、久しぶりの感覚に、戸惑っているのだろうか・・・。
「お疲れ様です。早かったね、掛けてくるの・・・」
『間に合わなかったら、困るからさ。急いで終わらせた』
彼の声だけで、微笑みを浮かべているのが判る。
間に合わなかったら・・・ と言っているが、
まだ19時を少し回ったところ。
話す時間なら、充分あるのに、急いでくれたことが嬉しかった。
『今さ、昔よく使っていた、公衆電話の場所から掛けてるんだ』
「わあ!懐かしい。電話、まだ残ってるの?」
『うん。駅はだいぶ変わったけど、この一帯はそのままだな』
「へえ・・・。井沢さん、そこでよくサボってたもんね」
『サボってねえよ。休んでいただけ』
笑い合って話しているのが、変な感じ。
永い間、声さえ聞けなかったのに、普通に話しているなんて。
緊張したのも、余所余所しかったのも、最初だけで、
離れていたことが嘘みたいだ。
だけど、それぞれに違った15年が存在するのは 確かで・・・。
( あなたの心を射止めた女性は、どれくらいいたの? )
そんな事を聞けるはずもなく、胸で呟くだけ。
煩すぎるからと、少し静かな場所に移動した井沢さんは、
途端に、こう切り出した。
『・・・ 電話、来ないと思っていたよ』
その一言に、私は反応出来ずにいた。
どう考えても、こんなに永い時間、
番号を残している事は、不自然だから。
もう、なんとも思わない相手ならば、
とうの昔に忘れ去り、処分しているはず。
それが残り、私が憶えているという事は ―――・・・
そこを突かれたら、
懸命に守っている 私の気持ちが、
あっけないほどに、脆く・・・
崩れてしまうかもしれない。
・・・ いや。
そんな心配は、ないのかな。
あの頃、彼に振られた後も、
私の気持ちは、見え見えだったはずなのに、
何も言わなかった人だから。
気付かないフリを、してくれていた人だから。
だから、
井沢さんは、そんな細かな事には
気付かないだろうと、気にしないだろうと思った。
――― でも、
それは、誤算だった。
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