【179】誤 算 | 〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

〈 追 憶 の 向 こ う 側 〉

筆者のリアル体験物語。「社内恋愛」を題材にした私小説をメインに、創作小説、詩を綴っています。忘れられない恋、片思い、裏切り、絶望、裏の顔―― 全てが入った、小説ブログです。


『逢瀬は、プラットホームで。』 ~ epilogue ~



夕暮れ時を過ぎた頃。


部屋の明かりを消して、ガラス窓から差し込む、

ほんのりとした 外の明るさの中に身を置く。



「いつ、掛けてくるのかな・・・」



呟きながら、携帯のフリッパーを開いた。

画面の上に、小さく表示されている時刻を見ては、

待ち遠しい気持ちになる。


なるべく、携帯の照明で、照らされる室内を見ない。


今の自分を隠すかのように、

全てを暗闇に沈めた・・・。




♪~~ ♪~~~


20分・・・ 30分と時間が経ち、ようやく携帯が鳴った。


フリッパーを開けた画面には、

井沢さんの名前が出ている。


この時を、

彼から掛かる電話を、どれだけ待っていたか・・・。



「・・――― はい・・・」



そう呼びかけた向こう側からは、

時を巻き戻したように、雑踏の音が聞こえてきた。



『・・・ 椎名ちゃん? ・・・ 俺、です』


「あはは。 “です” って、なに?」


『ん、いや・・・ なんとなく』



気持ち・・・ 緊張しているように聞こえた。

井沢さんも、久しぶりの感覚に、戸惑っているのだろうか・・・。



「お疲れ様です。早かったね、掛けてくるの・・・」


『間に合わなかったら、困るからさ。急いで終わらせた』



彼の声だけで、微笑みを浮かべているのが判る。

間に合わなかったら・・・ と言っているが、

まだ19時を少し回ったところ。


話す時間なら、充分あるのに、急いでくれたことが嬉しかった。



『今さ、昔よく使っていた、公衆電話の場所から掛けてるんだ』


「わあ!懐かしい。電話、まだ残ってるの?」


『うん。駅はだいぶ変わったけど、この一帯はそのままだな』


「へえ・・・。井沢さん、そこでよくサボってたもんね」


『サボってねえよ。休んでいただけ』



笑い合って話しているのが、変な感じ。

永い間、声さえ聞けなかったのに、普通に話しているなんて。

緊張したのも、余所余所しかったのも、最初だけで、

離れていたことが嘘みたいだ。


だけど、それぞれに違った15年が存在するのは 確かで・・・。


( あなたの心を射止めた女性は、どれくらいいたの? )


そんな事を聞けるはずもなく、胸で呟くだけ。



煩すぎるからと、少し静かな場所に移動した井沢さんは、

途端に、こう切り出した。



『・・・ 電話、来ないと思っていたよ』



その一言に、私は反応出来ずにいた。


どう考えても、こんなに永い時間、

番号を残している事は、不自然だから。


もう、なんとも思わない相手ならば、

とうの昔に忘れ去り、処分しているはず。



それが残り、私が憶えているという事は ―――・・・



そこを突かれたら、

懸命に守っている 私の気持ちが、

あっけないほどに、脆く・・・

崩れてしまうかもしれない。



・・・ いや。

そんな心配は、ないのかな。


あの頃、彼に振られた後も、

私の気持ちは、見え見えだったはずなのに、

何も言わなかった人だから。


気付かないフリを、してくれていた人だから。



だから、

井沢さんは、そんな細かな事には

気付かないだろうと、気にしないだろうと思った。




――― でも、


それは、誤算だった。




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